性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
 堂上は無数に転がる骨の一つをひょいと持ち上げる。
 
 「うん。人間だね…」

 堂上の一言に、二ノ宮は顔を青ざめる。

 「うん。ちゃうねん!なんやねんここ!」

 「見たまんま牢みたいだよ?」

 「はあ?!」

 堂上はそう言うと臆することなく部屋の奥へと進んでいく。

 「ほら、ここに患者の記録らしきものが残ってるだろ…」

 「記録って…、患者をここに繋いでたいうんか?」

 驚愕の事実に、二ノ宮は顔を引きつらせる。そんなホラー映画のような展開は期待していない。

 「そうみたいだね。ほら、ここの記録に「療養者は皆一様に発狂し、薬も効果なし。全ての手を尽くしてもここまでか…」って書いてある。きっと、上で問題を起こしてしまった人たちの隔離施設のようなものだったんだろうね…」

 堂上はこの場に似つかわしくない笑みを浮かべると、片っ端から棚にある資料を引っ張り出す。すると、資料の隙間から一枚の写真が姿を現した。
 
 「誰や?それ」

 「さあ?、見た感じここの看護婦さんみたいだけど…」

 二人は同じように首をかしげると、ふと背後に何者かの気配を感じた。

 「だれや?!」

 二ノ宮は少々ビビりながら気配を感じた方へと視線を向ける。すると、二人が今しがた降りてきた階段に一人の女が姿を現した。

 「君は…」

 堂上は開眼すると、その鋭い瞳で女の姿を捉える。

 「私は、ここの看護師よ。ほら、今貴方が持ってる写真、そこに写ってる」
 
 女はゆらりと、二人の前に立つと堂上が手にしている写真をゆっくりと指差した。

 「なるほど、上で聞こえた想念は君のだね?」

 堂上は尋ねる。

 「えぇ、そうよ…。そんなことより、ここに居ていいのかしら?」

 女は意味深に呟くと、意地悪そうに口元に笑みを浮かべる。

 「おや、それはどういう意味かな?」

 「そのままの意味よ?、貴方達は悪の根源を見つけようとしている様だけど…、残念ながら此処には居ないわ」

 女の発言に二ノ宮は眉を顰める。

 「どういうこっちゃ。お前が怨霊の核とちゃうんか?」

 一人混乱した様子の二ノ宮を他所に、堂上は再びいつも通りの笑みを浮かべる。

 「おや、こここではありませんでしたか…、そうですか…、これはうっかり、うっかり…」

 まるで芝居の様な反応を見せる堂上の姿に、二ノ宮と女は首を傾げる。

 「驚かないの…?」

 「えぇ、こういう状況には慣れていますから…」

 「わざとね…」

 「おや?何が?」

 「もう一組の仲間を殺すために、わざとこの場に来た…」

 二ノ宮はその言葉に、ふと何かを察する。

 「…なーる。僕わかってもうた」

 「おや、今更かい?」

 本当に恐ろしいのは怨霊か、それとも人間か。

 女は未だ生き続ける愚かな人間を見て思った。きっと彼らは、いずれ闇へと落ちる。そして、自分と同じ様にまた愚かな人間の前に姿を現すのだろう…。

 「ここに核が居ないのは百も承知ですよ」

 堂上は両手を広げて可笑しそうに呟いた。

 「何故なら、今日俺に課せられた仕事は、怨霊を祓う仕事ではないからね…」

 「じゃあ、何だっていうの?」

 女はよくわからないといった様子で、堂上に尋ねる。

 「君には関係のないことさ…、まあでもしいて言うなら発表会みたいなものかな…?」

 「発表会?」

 「そう。審査員は我らが陰陽師協会の会長…、そして挑戦者は新入りの言霊使い…」

 「要するに、もとより怨霊を祓うつもりなんか無かったってことやな…」

 二ノ宮は、横から口をはさむ。

 「あぁ、あの馬鹿な女は今頃、怨霊にまみれて逃げ回ってるだろうよ、あの哀れな陰陽師と一緒にね…」

 堂上の魂胆をようやく理解した女は、不愉快そうに顔を顰めた。

 「仲間を見殺しにする気?ここは、あんな少人数で抜けられるほど簡単な場所じゃないわよ?」

 「ああ…知っているよ…。だからあえてこの場を選んだのさ…」

 「彼らが死んでもいいっていうの?貴方、人として最低ね…」

 女の言葉に、堂上は再び瞳を開眼させる。その視線はどこか狂気に満ちているようにも見える。

 「おや?君が言えた口かい?偽善者ぶってこんな場所に人を繋いで…、倫理観のかけらもないじゃないか」

 堂上は今までの喋り口調を捨てると、嫌味ったらしく女を侮辱する。

 「わ、私は発狂してしまった身寄りのない人達に居場所を提供しようとー」

 「身寄りねぇ…、偽善者もいいところだ。結局最後まで面倒見切れねぇで何いってんだか…」

 堂上の挑発ともとれる言葉に、女はいよいよ怒りを露わにする。

 「あ、貴方に何がわかるって言うの?!、怨霊に憑かれた人間は社会では問題を起こして最後には潰されてしまう!ここに居た方がよっぽど平和よ!」

 「…」

 「何か言いなさいよ!!」

 女のいい分に堂上はしばしの間、沈黙する。そして、ふと何かに気が付いたのか今度は神妙に口を開いた。

 「やっとわかったよ…、二ノ宮…」

 「な、なんや…」

 突然話を振られた二ノ宮は、驚いた様子で肩を震わす。

 「何故ここの施設にいた人間達が救われなかったのか…」

 「…なんでなん?」

 「ここで、働いていた者はみな憑かれていた…。それも、かなりの数ね…」

 堂上はそう言うと、再び女を見据える。既にこの世には居ないと言うのに、女の背中には無数の怨霊がこれでもかとへばりついている。

 (これは…、中々…)

 堂上は目を細めると、印を結んで女の背中に憑いた霊を祓ってやる。

 すると、女から怒りの表情は消え、まるで別人になったかのようにスッキリとした表情に戻っていく。

 「あれ、私、何で…、こんな所に…」

 今まで何をしていたか理解できないと言った様子で女は辺りをキョロキョロと見渡している。

 「な、なんや?、どうしたんや?」

 二ノ宮は先程とは全く違う女の態度に戸惑いの表情を見せると、不気味そうに一歩後ろへと後ずさった。

 「そんな怖がってやるなよ。可哀想だからね…祓ってやったのさ」

 「はあ?」

 すると、堂上は不安そうに辺りを見渡す女へと近づいた。

 「さて。そろそろ逝きなよ…。いつまでもこんな場所にいたらしんどいよ?」

 「逝く?私が…?」

 理解が追いつかないのか、女は目をパチクリとさせる。

 「そう。君はもうここで人の面倒を見る必要はない。社会に対して憤りを感じる必要もないし、難しい医学書を読む必要も無い。君の今世での学びはもう終わったんだよ…」

 「終わった…、そう…。終わってしまったのね…」

 女は独り言のように呟く。

 「うん。もう終わり。だから逝っておいで。きっと来世で君はちゃんと人を救えると思うから」

 珍しく優しい言葉を投げかける堂上の姿に、二ノ宮は黙り込む。何故かここは冷やかしてはいけないような気がした。

 「ええ、そうするわ。さっきは失礼なことを言ったみたいでごめんなさい」

 女は先ほどとは違った態度で丁寧に頭を下げる。

 「別に構わないよ。ああいう風に言われるのは職業柄慣れているからね…。それに、怨霊に憑かれていると皆好戦的になるのは当たり前の事なんだ。特に陰陽師は怨霊に嫌われているからね。だから気にする必要はないよ…」

 堂上も先程とは違って優しい口調で説明してやる。

 「そう。じゃあ、今逃げてる女の子もいつかわかるといいわね…」

 女は最後にそう呟くと、ぼんやりとした光に包まれながら、静かに空気中へと姿を消した。




 (あぁ、きっとわかるよ。光の本性ってやつがね…)
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