性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
第十四章【これは夢か現実か】
 足が重い。

 普段であれば、こんな場所…。術の一つで通り抜けるのに今はそれすら許されない。

 光は腕の中で荒く呼吸を繰り返す類を見つめて、少々焦りを感じていた。

 先程から、怨霊の数は異常な程までに増している。そして、そのどれもが類をあの世へと引き摺り込もうとしている。

 (これじゃあ、キリがない…)

 何度も祓っては、類の気分を楽に保とうと試みるが必ず数秒後には別の怨霊が類の背中に張り付いてしまう。

 このままでは、類の命が危険である。

 光はどこか、決心した様にその場に立ち上がると、素早く印を結んで術を唱えた。



 「汝、我らをあるべき場所へと導け」



 そう言葉を放つと、類の背中に張り付く大多数の怨霊を清め祓う。

 「類。立て。一旦この場は撤退しよう」

 光はそう言って類を無理やり立たせると、その場から逃げ出す様に歩き始めた。

 (クソ…、堂上達は何をやっている…)

 光は歩きながら、核を追っているであろう堂上達に苛立ちを覚える。


 いくら何でも遅すぎるー。


 既に核を祓い終わっていてもおかしくないはずだ。

 (何かあったのか…?、いや、あいつに限ってそんなこと…)

 その時、ふと、光の脳裏に一つの最悪なシナリオが過った。先程から監視する様に自分達を見つめてくる視線。その視線の正体に気がついたのか、光は酷く絶望した表情で天井を見上げた。
 
 「…」

 あぁ。

 なるほど。

 そういうことか…。

 これは、

 お前(父さん)の策略かー。

 ようやく、ことの重大さに気がついた光は片方の手で素早く印をを結ぶと、

 
 
 「汝、我らをあるべき場所へと導け」

 
 と唱えた。

 次の瞬間、二人は一瞬にして別の場所へと移動する。

 「類。歩け、歩き続けろ!」

 珍しく焦った様子の光に、類は力無く頷くも、体が先程から悲鳴をあげていて、思う様に動かす事が出来ない。
 
 「…光さん」

 「…汝、我らをあるべき場所へと導け」

 光は再び同じ術を唱えると、別の場所へと移動する。本来であれば、類の身体を気遣ってこんな無謀な術の使い方はしないが、今はそんな事を言っている場合ではない。

 「…光さん、どうしたの?」

 類は朦朧とする意識の中、突然術を唱え始めた光に不安を覚える。

 「俺達はハメられたんだ…。それも、最もタチの悪い奴に…」

 「…タチの悪い奴?」

 「あぁ。もとより堂上達は怨霊を祓いに来たんじゃ無い。お前の力を確認しに来たんだ」

 「…私の、力?」

 「以前、屋敷の中でお前が使った能力だ」

 類はフラフラと歩きながら、以前、覚に言われた言葉を思い出す。

  「…ことだま、つかい」

 類が呟いた言葉に光は頷く。

 「そう、お前は言霊を操れる言霊使い、協会が最も欲しがる千年に一度の逸材…。そして、ここはそれを確認する為に設けられた舞台…」

 光は一息に状況の悪さを説明すると、類の背中に纏わりつく怨霊達を次々に祓っていく。

 「先程から、感じる視線は親父のものだ…。お前が本当に言霊使いか確認しようとしている」

 「…確認、お父さん、ハメられた」

 しかし、類は朦朧とした意識でそれを上手く理解する事ができない。

 「類。とにかく今は歩くんだ。止まっていればお前は怨霊に埋もれてしまう。そして、堂上達が祓うべきはずの核がお前の魂を食い散らかすことになる。そうなる前に…」

 すると、光は話の途中で歩みを止めた。

 類は光の身体から発せられる重たいエネルギーの波に身体を震わせる。

 これは、よく知った感覚。

 人が絶望した時に発する。魂の叫び。

 それは、酷く緊張していて張り詰めている。

 そして、それは周囲にいる人にも容易に感染してしまう。

 
 「…光さん?」

 類は心配になって尋ねる。

 今までに、光からこんな不安なエネルギーを感じた取った事はない。

 「光さん…」

 類は何とか、最後の力を振り絞ってその重たい顔を上げる。

 すると、そこには光に良く似た綺麗な女性が立っていた。

 「なんで…」

 光はその女性に珍しく動揺した表情を見せる。すると、女性は待ってましたとばかりに、ゆっつくりと優しく口を開いた。



 「待ってたよ…、光…」

 
 



 類は意識を手放す瞬間、あれが光の母である事を悟った。

 次の瞬間、類は支えを無くしたように、その場に倒れ込む。もう光には類を支える力が残っていない。

 風は止み、ここが何処なのかもわからない。

 寒いのか、暑いのか、

 怖いのか、嬉しいのか、

 逃げたいのか、留まりたいのかー。

 それすらも、わからなくなってきた。

 類の視界が黒いもので覆われていく。徐々に前が見えなくなっていく。

 きっと、ここはあの世に一番近い場所。

 きっと、彼女は黄泉の国からの使者。

 きっと、これは最悪のバッドエンド。


 類は、小さく笑った。こんなことなら安請け合いするんじゃなかった。

 こんなことなら、一人で来るべきだった。

 こんなことなら…

 最後の世界に終わりを告げようとした類の脳裏に浮かんだのは小さな後悔だけだった。


 (あーあ。制服デート…したかったな…)
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