性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
 ある晴れた日の午後。

 けたたましい目覚まし時計の音で目が覚める。
 
 時刻は7時15分ー。

 類は気怠さを感じながらもベッドにゆっくりと起き上がった。

 「…変な夢」

 先程まで見ていた暗くて重たい夢に思わず顔を覆うと、扉の外から突然母の声が響いた。

 「早くしなさい!、学校遅れるわよ!」

 その一言に類は慌ててベッドから抜け出す。
 
 (しまった…、もう7時回ってる)

 類はクローゼットにあった制服を引っ掴むと、急いで着替えを済ませる。扉を開けて、階段で一階へと降りると、そこには新聞紙を広げた父が難しい顔をして座っていた。

 「お父さん、おはよ!」

 類はテーブルに置かれた朝食を急いで口に含むと、目の前で新聞を読む父親に挨拶をする。

 「おはよう。そんなに慌てなくても学校は逃げないよ」

 父の言葉に類は胸元に詰まりかけた食べ物をトントンと叩いてなんとか胃腸へと落とし込む。

 「今日は天気が良くて良かったね」

 父は手元のコーヒーを啜りながらそう呟くと、類は嬉しそうに頷いた。

 「ねぇ、お父さん」

 「ん?」

 「何で、私の名前って類なの?」

 類はふと気になった事を尋ねてみる。

 「唐突だな…」

 「いいじゃん、知りたいの」

 類のお願いに父は新聞紙を折り曲げると、どこか懐かしい表情で微笑む。

 「仲間に恵まれますようにって意味を込めてつけたんだ」

 「仲間に…?」

 類は少し意外そうに父の顔を見つめる。

 「そう。仲間に。お父さんとお母さんはいつか歳食って死んでしまうけど、そうなっても仲間に囲まれて幸せに生きて欲しいって思いを込めてつけたんだよ」

 類は何故かその父の言葉に目頭が熱くなる。父も母もまだここに存在しているというのに何故かそれが酷く空虚に思えたのは何故だろう…。

 「類!早くしなさい!遅れるわよ?」

 母の声に慌てて時刻を確認すると、既に十分が経過しようとしている。類は残りの朝食をかき込むと「ごちそうさま!」と呟いて慌てて席を立つ。
 
 「類」

 リビングの扉を開けようとすると、不意に声をかけれた。

 「何?お父さん」

 まだ何か言いたいことでもあるのかと類はその場で振り向く。

 「頑張るんだよ…」

 父はどこか、心配そうにそう呟くと再び新聞紙へと視線を戻してしまった。

 (頑張る?学校のことかな…?)

 類はどこか違和感を感じながら、玄関へと足早に向かう。そこには母が弁当箱片手に類が来るのを待っていた。

 「ごめん!お母さん!」

 類は弁当箱を受け取ると、それを鞄の中へとしまいこむ。

 「もう、あんたはいつになったら早起きするの」

 母は小言をいいながらも優しく類の襟元を整えてやる。

 「明日こそはちゃんと起きまーす」

 どこか、ふざけた様にそう答えると母は心配そうに笑った。

 「ねぇ、類…」
 
 「なぁに?お母さん?」

 「気をつけてね」

 母の言葉にも少しの違和感を感じた類はふと、首を傾げる。

 「どうしたの?」

 「ほら、今日は午後から雨が降るっていうから…」

 母ひそう言って類の頭を優しく撫でる。

 その仕草が何故かとても懐かしいものの様に感じたのはきっと気のせいに違いない。

 「大丈夫、大丈夫!折りたたみ傘あるし!」

 類はそう言って笑って見せると「行ってきます!」と元気よく母に手を振った。

 外は快晴。

 気分は晴れやか。

 何故母が出掛けにあんな事を言ったのか、不思議であるくらい心地よい天気である。

 類は鼻歌を歌いながら、学校目指して歩く。

 「今日も能天気だな…」

 信号待ちをしている途中、ふと背後から声をかけられた。振り向くと、そこにはよく見知った顔の男が二人。

 一人は真夏だというのに、暑そうな黒いマスクを身につけ、もう一人は少しだけ長い髪の毛を後ろで縛っている。

 「光君に、覚君!」

 類は見慣れた二人組に嬉しそうに挨拶をする。

 「おはよ!」


 「はよ」
 「おはようございます」

 二人は近所にある神社の息子で、双子の兄弟である。長男の光は無愛想で、意地悪だが次男の覚は柔和で優しい人だ。

 「今日はやけに元気ですね」

 覚は優しく微笑みながら、類の顔を覗き込む。

 「そうかな?いつも通りだよ?」

 類は微笑みながら、二人の真ん中に入ると青信号を渡る。

 「どうせ、今日も帰りにエリカとデートなんだろ?」

 「別に、そんなじゃないもん。エリカは今日礼二君とデートだって」

 類は少し、残念そうに肩を落とすと光は可笑しそうに笑った。

 「んな、拗ねんなよ。どうせ、弟の誠に渡す誕生日プレゼントを買いに行くんだよ…」

 「拗ねてないもん、あ、そうか。誠君そろそろ誕生日か…」

 誠とはエリカの弟で、二人はとても仲のいい兄妹で有名だ。

 「それじゃあ、今日の放課後みんなで誠君の誕生日プレゼントでも買いに行きます?」

 覚はニコニコしながら類に尋ねる。

 「あ!いいね!賛成!じゃあ、部活終わったら校門で待ち合わせね!」

 「めんどくせ…、それって俺も行かなきゃダメなの?」

 光は少し面倒そうに頭を掻く。

 「別に無理にとはいいませんよ?光が嫌なら、僕と類さん二人で行きますから…」

 「それって覚君とデートってこと?やった!」

 類は嬉しそうに覚の腕を掴む。

 その時だったー。

 


 (目を覚ませ)



 「…え?」

 一瞬聞こえた、誰かの声に類はその場に立ち止まる。

 「…覚君?」

 「ん?何ですか?」

 「今、何か言った?」

 「…いえ、何も?」

 そして、類はふと違和感に気がつく。

 (あれ?、また信号…)

 何故か先程渡った信号がまた三人の前に姿を現した。

 気づけば同じ場所をぐるぐると回っていて、一向に学校へと着く気配がない。

 先程まで晴天だった空はどんよりと曇りだし、空からは無数の雨が降り注ぐ。

 「…何か、変」

 類は何故か不安になって、隣を歩く光の服を引っ張った。すると、光はそれに気がついたのか、どこか不思議そうに、まじまじと類の顔を見つめる。

 「光…さん…」

 類は何故か光の名前を呟く。「さん」なんてつけて呼んだことは無いのに、何故かこちらの呼び方の方が正しい様な気がした。

 「…」

 「光さん」

 「…何」

 「光さん、【なんか変】です…」
 
 その言葉に何か気がついたのか、光は目を細める。 

 「光さん…」

 「類。ごめん…」

 
 すると、光は突然類の身体を道路へと勢いよく押し出した。


 (え…)

 類は驚いた表情で、徐々に離れていく光の顔を見つめる。


 間近にはクラクションの音。


 (駄目、引かれちゃう…)


 そう思った次の瞬間ー、




 「全く…、君って子はー」




 耳元で、よく聞き慣れた怨霊の声が響いた。
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