性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
光が類の部屋に姿を現したのは、言葉どおり長針の針が十五時を指してからの事だった。
「ついてこい」
入室早々、そう言われた類は、渋々重たい足取りで光の後へと続く。部屋を出てすぐに、夢で見た綺麗な中庭が姿を現すと、類はふと何か思い出したかの様に辺りを見渡す。
(そういえば、この屋敷に来てから覚の姿を見かけていない…)
この屋敷に来る前は、少しでも不安な感情が沸き立つと、すぐに類の傍らに覚や小さな何者かが現れていた。しかし、ここでは一度もその類を確認してはいない。
「何してんの、さっさとしてくれる?」
廊下の先で、光が不愉快そうに類の事を呼ぶ。
「す、すみません…」
長い曲がりくねった廊下を抜けると、これまた夢で見た部屋と同じ大広間へと通された。
(あれ、やっぱり一緒…)
まるで白昼夢を見ているような気分の中、類は一つの席へ腰掛けるように指示される。
「あー、るいちーやっと来たー!」
エリカが嬉しそうに、類の事を指さす。
「る、るいちー?」
あまり聞きなれない呼び名に困惑していると、今度は隣に座る金髪の男が口を開く。
「気にすんな、こいつ頭イカれてっから」
鬱陶しそうにそう呟く男に、エリカは頬を膨らませる。
「はー?!マジむかつくんですけどー!ってか、あーしあんたより頭いいですけど?」
「別に馬鹿だなんて一言もいってねーだろーがよ」
今にも喧嘩が始まりそうな展開に、類はその場に居たたまれなくなる。
「鬱陶しいんでやめてもらえますか?二人ともいい年して恥ずかしくないんですか?」
すると、やけに大人びた口調の少年が、これまたわざとらしく二人の間に割って入る。
(夢と一緒…)
ぼんやりとそんなことを思いながら、眼前で繰り広げられる光景をまるで他人事のように見つめる。
(あれ?この感覚…)
意識が徐々に遠のく。何かに腕を引っ張られる様な感覚に、類の視界がグルグルと回る。慌てて机に手を突こうとしたその時、ふと誰かに肩を支えられた。すると、ぼんやりとしていた意識が鮮明になり、遠くで聞こえていた音が間近に響き渡る。
「おい、大丈夫か?顔色悪いぞ…?」
「…礼二さん」
思わず口をついてでた名前に、礼二は驚いた表情を見せる。
「お、お前、よく俺の名前がわかったな…」
礼二の反応に類は慌てて、身体を離す。
「す、すみません…、そのちょっとぼーっとしてて…」
一人慌てふためく類の姿に礼二は「いや、いーけどよ」と言って心配そうな表情で類の顔をまじまじと覗き込む。
「な、なんですか…」
「まさか、お前…」
じーっと、見つめてくる礼二に類は困ったように視線を逸らす。すると、何を思ったのか礼二ははっとした表情で類の肩を再び掴んだ。
「俺のファン?!」
「…は?」
どこか嬉しそうな表情の礼二に類はポカンと口を開ける。
「浦原礼二、来る日も来る日も、低賃金で働いていたかいがあったぜ!」
「えっと…」
何やら一人で盛大に感動して見せる礼二に、類は周囲へ助け舟を求める。
「気にしなくていいですよ。その人馬鹿なんで」
「あ?!んだと誠!!」
「まこっち、の言う通り。そいつ馬鹿だから」
「エリカまでうるせぇな…!」
【静かにしろ】
再び喧嘩が始まりそうな雰囲気の中、一際凛とした光の声が室内に響き渡る。
全員が恐る恐る声のする方を見ると、そこには不愉快な表情をした光が黒いマスクを外してこちらを見ていた。どうやら、皆んなが静かになるまで様子を見ていたようだが、痺れを切らして呪文を発動したらしい。
光は全員が黙った事を確認すると、類へと視線を移した。そして、
「見ての通り、今日から一人ここに住むことになった」
光の言葉に類は慌ててその場に立ち上がる。
「南雲類さん。主に俺の仕事を手伝ってもらう」
光の言葉に、三人は類へと視線を移す。
「類。こいつらはここで預かっている。半分は、お前と同じような立場の人間だ」
(半分は私と同じような立場…?)
光の言葉に類は三人の顔を見つめる。
「お前の左に座るのが浦原礼二≪うらはら れいじ≫。斜め目前に座るのが九頭竜誠≪くずりゅう まこと≫。そして、目の前に座る女が藤波エリカ」
三人は光の紹介に、小さく頭を下げる。
「ここでの生活でわからないことがあれば、礼二を頼れ」
光の言葉に類は小さく頷く。
「俺からは以上。何か質問は?」
前回と同じように突然質問を投げかけてくる光に類は「えっと…」と頭を悩ませる。
「え、えっと…要するにここは光さんのお宅ということでいいんでしょうか?」
「ここは、俺が管理する社《やしろ》の一つだ」
「社…?」
聞き慣れない言葉に類は首を傾げる。すると、エリカが「神社みたいなとこ」と小声でフォローしてくれる。
「他には?」
「えっと…皆さんはここで共同生活されてるってことですよね…?」
夢の中で知ったこととはいえ、あまりにも説明不足な点について類は尋ねる。
「そう。さっきも言ったけど、こいつらはお前と同じような立場の人間だ。故に、ここで生活をさせている」
光の説明に少し表情を曇らせた三人に類はようやく状況を理解し始める。
(要するに、この人達も帰る場所が無いのか…)
「他は?」
「え、えっと…、仕事については…」
「それは別途、当日に教える」
(と、当日って…)
要するに何の説明もないままに、囮の仕事をさせる気らしい。
「まだある?」
「そ、それじゃあ、仕事のない間は何を…?」
「主に当番で割り当てられた家事をこなしてもらう。それ以外は基本鴉天狗《からすてんぐ》で店の手伝いをしてもらう」
「鴉天狗…?」
類は何のことかと首をかしげる。
「…俺が経営する喫茶店の名前だ」
「喫茶店ですか…」
「何?文句ある?」
「いや…、無いですけど…。光さんって陰陽師さんですよね?」
「そうだけど?」
「なのに、喫茶店の経営を?」
「悪い?」
「いえ…、別に…」
少し納得のいかない表情を見せる類に、光は面倒臭そうに頭を掻く。
「喫茶店経営は、主に情報収集の為。なんなら陰陽師としての依頼もそこで受けてる」
光の説明に類は少し腑に落ちたのか「なるほど」と、ようやく納得する。
「ねー、ねー、それより部屋どーすんの?」
エリカが、右手をあげて光に尋ねる。
「お前の部屋の隣が空いていただろ…」
「はい、ざんねーん。その部屋はこの前馬鹿礼二が頼んだ備品で一杯でーす」
「だから!誰が馬鹿だって?!」
エリカの言葉に礼二は再び声を張り上げて怒りを露わにする。
「静かにしろ…礼二…。お前はどうして昔からそう煩いんだ…」
光は鬱陶しげに目頭を押さえる。
「な?!光までエリカの味方かよ!ってか、備品くらい整理したら寝る場所くらいは確保できんだろ!」
「は?!あの量をどうやって整理すんのよ!それに女の子をあんな汚い部屋で生活させるなんてありえないんですけど!」
エリカは両手に顎を載せながら不満気に反論する。
「女も男も関係ねぇ!お前それ差別っていうんだぞ!」
「礼二には適用外ですうー」
「あ?!んだと!やんのかてめぇ!」
「何よ!!」
「いい加減にしろ」
光が二人の間に割って入る。
「備品が無くなるまでの間、俺の部屋を利用してもらう…」
「え?」
「なんだ?嫌なのか?」
「いや、それはさすがに…」
色々と不味いような気がする。
すると、光は少し不愉快そうな表情で「安心しろ。俺はここで寝泊りはしない」と一言付け加えた。