性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
 光は涙を拭くことなくその場に顔を上げる。

 そこには、よく見知った女の顔があった。

 「…類」

 「…ッやっと…、やっと見つけました」

 類は少し息を切らしながら微笑むと、光の頬にそっと触れる。

 「だから、泣かないでください」

 「…」

 光はしばらく、類の顔を見つめると慌てた様子で目元を拭う。

 「泣いてねぇよ…」

 どこか気恥ずかしそうに、目元をごしごしと何度も拭く光の姿に類は思わず吹き出す。

 「滅茶苦茶泣いてるじゃないですか、目元なんて真っ赤ですよ?」

 類はいつもの仕返しとばかりに、光の顔を覗き込んで揶揄う。

 「うっせ、これは酷い花粉症だ…ほら、こんな晴れてりゃ花粉の一つや二つくらい…」

 そこで光は初めてここがただの暗闇であることを知る。

 「あれ、確かさっきまでは…」

 「あの世に一番近い場所にいたはずだね」

 突然にゅいっと横から顔を出した覚の姿に光は珍しく「うわ!」っと驚く。

 「酷いねぇ…、そんなに驚くかい?陰陽師なのに」

 「う、うっせ!突然出てくるお前が悪いんだろ!陰陽師でも驚くっつうの!!」

 類はそんな二人のやり取りを見て、可笑しそうにクスクスと笑う。

 「ってか…、何でお前が居んだよ…」

 光は可笑しそうに笑う類を他所に、久方ぶりに見た怨霊を見て気まずそうに尋ねる。

 「そんなの簡単なことさ。ここはあの世に近い場所、いうなれば私のテリトリー、そもそも、そう私に細工したのは君ではなかったかな?」

 覚の言葉に、光は何か思い当たる節があったのか「あー…」と、どこか納得した表情を見せる。

 「でも、だからって一々出てくる必要ねぇだろ…」

 「おや?仮にも兄弟だった私に失礼な発言だね」

 「だからだよ!今更どんな面下げて話せばいいんだよ…クソ…」

 光は再び顔を背けると静かに目元を拭う。声は珍しく震えている。

 「…笑えばいいのでは?」

 「…笑えるかよ」

 「では、覚君ごめんね。と謝罪してみては?」

 「気色悪いこと言ってんな、浄化されてぇのか」

 「残念ながら君では、この私を完璧に浄化することはできないよ?」

 売り言葉に、買い言葉な彼らの会話に類は頭を抱える。元兄弟と分かったなら、仲良くすればいいものをどうやら、この二人には無理な話のようである。 

 「覚は、光さんを探すのを手伝ってくれたんですよ?」

 「は?こいつが?」

 光は顔を顰めて明らかに嫌そうな表情で覚を見つめる。

 「そうです!だから、ここを出るまでは二人とも仲良くしてください」

 「…」

 「…」

 うんと言わないあたりが兄弟というべきか。一先ず言い合いをやめた二人を見て類はホッと胸を撫でおろした。

 「でも、どうすんだよ…」

 「何がですか?」

 光の発言に類はキョトンとした表情を見せる。

 「何がですか?じゃねぇよ…。お前ここのヤバさがどれくらいか分かってんの?」

 突然の質問に類は頭を悩ませる。あの世に近い場所なのだからやばいことに変わりないのはよく理解できる。しかし、今までと比べて怨霊の気配は皆無。陰陽師が一人と、本業の怨霊が一人、そして新人の言霊使いが居ることを考えるとそれほどヤバくはないような気もする。

 「うーん、トイレの紙が無い時くらいのヤバさですか…?」

 「…」

 「…」

 「…あれ、もしかして私とんでもないこと言いましたか?」

 「いや?私は中々いい表現だとは思うよ」

 「お前らに聞いた俺が馬鹿だった…」

 光は最後に、ため息を吐くと「仕方ねぇな…」と呟いてゆっくりとした動作で印を結んだ。


 
 「天照す光よ、汝らに命ずる。この場を覆う冥府の闇を祓い、我らをあるべき場所へと導き給へ」


 
 光は小さな声で、しかし、はっきりとした口調でそう唱えるとその場で数回空を切る。

 すると、まるで覆われていた霧が晴れていくようにあたりに見覚えのある景色が戻り始める。

 「……すごい」

 類は思わず本音を口にすると、光はどこか満足そうに微笑んだ。

 「ま、一応現役ですから…」

 「さっきまであんなに無力を嘆いていたのにね…」

 「…」

 「…まぁまぁ、暗闇も晴れたことですし。過去のことは水に流して、さっさとここから逃げましょう」

 類はそう言って、光の腕を引っ張る。

 「待て待て、まだここは危険区域…。そう簡単に逃げらんねぇよ。それに、まだやることがあんだろ、やることが…」

 光は類の力に抵抗すると、進行方向とは反対に向かって歩き始める。

 「やることって…、まさか今更怨霊の本体を祓に行くとか言いませんよね?」

 もうあんな苦しい思いはごめんだと、類は不安そうに光を見つめる。

 「それが今日ここに来た目的だろ…?、それにせっかくなら見せてやろうと思って…」

 「見せてやるって?」

 「言霊だよ」

 「言霊…って、えぇ!?」

 類は分かりやすくリアクションして見せると、隣を浮遊する覚が「流石に、芸人みたいだよ」と小さな声で突っ込みを入れる。

 「どうせまだ見られてんだ…、また変な呪いをかけられる前に、とっとと見せてやろう」

 「見せてやろう…って、私言霊使ったことあるの一、二回くらいですよ?」

 そもそも自分で使ったという感覚がない。気がついたら使っていたというレベルの話である。

 「お前が言霊を使ったのは三回。無意識かも知れないけど俺を見つけた時、使ってくれた」

 光の指摘に、類は困った様に覚を見つめる。やはり今回も身に覚えがない。

 「まぁ仕方ないさ。君は今まで普通に生きてきたわけだし。意識できなくて当然だよ」

 覚はよしよしと、困惑する類の頭を撫でてやる。すると、それに気が付いた光が類の腕を引っ張った。

 「光さん?」

 「イチャつくな。さっさといくぞ」

 「は?別にイチャついてなんか…」

 しかし、光は類の反応を無視して歩き始める。

 「きっと彼はね、私に嫉妬したのだと思うよ?」
 
 覚は相変わらず類の隣を浮遊しながら、可笑しそうに呟く。

 「し、嫉妬?!」

 「うるせぇ、さっさと歩け」

 覚の冷やかしともとれる発言に光は、ぶっきらぼうにそう吐き捨てると再び目的地を目指して前進するのであった。
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