性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
 三人は迷路の様に続く道を右に、左に歩き続けるー。

 先ほどから、周囲は恐ろしいほど静まり返り、怨霊一匹姿を現さない。

 類はそこで、ふと疑問に思った。

 この二人は本当に、光と覚だろうか?

 何の疑いもないまま、覚の言うことだけを信じてここまで来てしまったが、この二人が本物であるという確証は何処にも無い。

 (まさか、幻覚だなんてことー)

 類は思わず不安になる。

 ただでさえ、ここが本当の現実か夢かわからないのだ。今更、確認のしようがない。しかし、現実にしては先ほどからほとんどと言っていいほど怨霊の姿を見ていない。

 「どうしたんだい?」

 突然そわそわとし始めた類の様子に気づいたのか、覚は優しく類に尋ねる。それと同時に光も類の方へと振り向く。

 「あ、いや別に…。やけに静かだなと思って…」

 類は素直に自分が感じている違和感を伝える。

 「そりゃ、そうだろうな…。ここは未だにあの世に近い場所。どっかの誰かさんのお陰で雑魚は一掃されてるみたいだし…」

 「…それって、光さんのお父さんのことですか?」

 類は首をかしげる。

 「さっきも言ったろ。親父は早くお前の力をみたいんだ。囮なんてどうでもいいから早く本体見つけろってことさ」

 光の鬱陶しそうな説明に、類の中で何かが腑に落ちる。

 「そうか、だからこんなに進みやすいんですね…。あんまり何も居ないんで少し不安になってしまいました…」

 類の反応に覚はどこか可笑しそうに微笑む。
 
 「お前も、いよいよこちら側の人間になってきたね…」

 「な、なんか嬉しくないです…」

 「まぁ、お前が不安になるのもわかるよ。俺でも気味悪いくらい静かだから…。でも変に気抜くなよ。親父がどこで仕掛けてくるか…」

 光はそこまで喋ると突然、その歩みを止めた。類は突然立ち止まった光の背に思い切り顔をぶつけると、同じようにその場に立ち止まる。

 そしてー、

 「ほら、言ったろ」

 と呟くと光の背後から、一人の人影を見止める。

 類はそれが怨霊の本体であることを瞬時に理解すると、一瞬で体を強張らせた。怨霊は、そんな類の気配を感じ取ったのか、こちらへ振り向くと意外にも丁寧に声をかけてきた。

 「こんにちは。見ない顔ですね?」

 怨霊の顔が僅かな光によって徐々に鮮明になっていく。その表情はどこか青白く、女性のように線の細い体はどこか弱弱しく見える。しかし、あれは女ではない。あれはまだ若い男だ。

 男の問いかけに、光はしばらく沈黙を決め込むと、何を思ったのか類に顔を近づけ小声で囁く。

 「一先ずお前が、喋れ」

 「は?!」

 突然の命令に、類はブンブンと頭を横に振る。

 「大丈夫。なんかあったら俺がフォローしてやる…」

 「いや、そもそも何を喋ればいいんですか?!ダダでさえコミュ障なのに…」

 類は出来るだけ小声で反論する。

 「前に、屋敷でやった時みたいにやればいい」

 「やればいいって…、そんな簡単に言わないでくださいよ!」

 前にも話したとおり、意識的にできるものではない。

 「とにかく、お前が喋れ。俺だと警戒される…」

 「そんな、無茶苦茶な!」


 「【頼む…】」


 光の言葉に、類は困った様に眉根を下げる。

 「ずるいですよ…」

 「何が?」

 「言霊使うなんて…」

 何となく反論できない状況に、類はこれが言霊の力であることを理解する。

 「…じゃあお前も使ってみろ」

 通常運転な光の様子に、類は小さくため息を吐くと意を決して口を開いた。

 「えっと…、こんにちは!私、南雲類と言います」

 一先ず自己紹介から始めてみる。

 「こんにちは。僕はここの責任者で医師の結城一馬《ゆうき かずま》と言います」

 結城と名乗った怨霊は丁寧に頭を下げる。

 「貴方達は、ここの患者ではありませんね?」

 類達が陰陽師であるというとに気が付いていないのか、結城は怪訝そうに尋ねる。

 「ええ。私たちは、その…」

 「僕たち、この春からここで働くことになった者です。責任者の方に、ご挨拶をと思い参りました」

 光が瞬時に助け舟を出す。

 「ほう。看護の方でしたか…。それはそれは…」

 結城はそう言うと一つ咳払いをして、類達に近づく。

 「しかし、おかしいな。ここで採用される者は皆女のはずなんだが…」

 結城の視線が、光を貫く。

 「君は本当に看護で採用された者なのかな?」

 結城の問いかけに、緊張が走る。しかし、光は特に動揺した様子も見せずにさも当たり前のように質問を返した。

 「何故、僕が男だと?」

 「何故って…、お前はどう見ても男だろ」

 結城は不愉快そうに言葉を返す。

 「女かもしれませんよ?」

 「そんな訳あるか」

 「人を見た眼で判断してはいけません」

 「…」

 「では質問を変えましょう。男であると何か不都合なことでもあるのですか?」

 こういう時の光は何故かとても冷静で、いつもとは違う丁寧な喋り口調に少しの恐怖を感じる。
 
 「…何が言いたい」

 「だってそうでしょう?こういった施設では男手も必要なはずだ。それなのに先ほど貴方はここで採用されるのは皆女のはずだ、と言った。それは何故です?」

 確かに、全員女しかいないと言うのもおかしな話だ。

 「ふん、ここに男は一人で結構。ただでさえ気が狂いそうなんだ」

 結城はどこか疲れ切った様子で呟く。

 「ほう。それで大勢の従業員(女性)をこの施設に縛ったのですか?」

 「だったら、なんだ?ここはもう既に手遅れな連中の最後の砦。病院ではとても手当しきれない。そんな奴らを受け入れているんだ。少しの享楽くらい許されて当然だろ…」

 結城の言葉に光は目を細める。

 「困っている人間を預かるだけ預かって適切な治療も受けさせないまま放置し、貴方は女性従業員と毎夜遊び惚けていたんですね?」

 「今更何の治療をするというんだ?、衣服を着せ食事を与えそれで充分だろ?」

 「貴方が一般の人間ならね…、しかし貴方は医者だ。ここに家族を預けた者の中にはその帰りを待っていた者もいたかも知れない」

 「そんな奴居るものか!俺はただ、何処にも居場所のない奴らに居場所を提供してやる為にッ!」

 「ごもっともな建前だな。そんな道理が通るとでも思ってんのか」

 丁寧だった光の口調が元に戻る。

 「建前だと?!、ではどうしろというのだ?陰陽師でも呼んで祈禱でもさせればよかったのか?馬鹿々々しい!!!」

 「その様子じゃ、どうせ夜遊びしてた女とも合意は無かったんだろ?」

 「なっ!何を言うか!」

 「類」

 「は、はい!」
 
 ふいに名を呼ばれた類は慌てて返事をする。

 「仮にお前がここの従業員だとしたら、お前はこの男と遊んでみようと思うか?」

 「い、いえ…」

 唐突だが、類は素直にその質問に答える。

 「そんな事よりも、ここで療養している方を治す方法を考えます」

 「おら、これが真実だ。ここはお前にとっちゃ花園。だが、それと同時に従業員や療養者にとっては監獄だった。女性従業員は毎夜お前から振りかざされる性の暴力に耐えながら、なんとか患者を診ていた」

 「適当なことぬかすな!彼女たちは皆、私に好意があった!嫌ならとっくに逃げ出しているはずだ!」

 「逃げたくても逃げらんねぇようにしたんだろ…。お前にとっちゃ療養者は女を繋ぎ止める為の鎖…。彼女達の善意を利用して逃げられない様にしたんだ」

 人を助けたいと思う使命感の強い人々を集め、敢えてそれを利用したー。

 光は不愉快そうに吐き捨てる。
 
 「黙れ!貴様に何がわかる!誰からも必要とされぬ者達のこの哀れな気持ちが!!」


 「なるほど。それが、お前の『本音』か」

 
 光の言葉に結城は、目を見開く。

 「何を…」

 「勝手に人様の感情と自分の感情をすり替えんな…。自分に嘘ばっかつきすぎて本音が見えなくなっちまったか?」

 「嘘だと…?」

 「そ。嘘。全部嘘。お前はお前に嘘つきまくって自分をないがしろにしてる。だから、いつしか目的と手段が入れ替わった」

 「目的と、手段…」

 結城はどこか呆然とした様子で頭を押さえる。

 「お前の本当は何処にある?、何でこんな施設の責任者なんかになった?最初のお前の目的はなんだったんだよ…」

 光はどこか苦しそうに、結城に尋ねる。

 そして、何かを合図する様に類の肩を叩いた。
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