性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
肩を叩かれた類の身体に緊張が走る。
この合図は恐らく、バトンタッチのサイン。
類は直観的に、そう感じとるとゆっくりと深呼吸する。
そしてー、
「結城さん、どうか【教えて下さい、貴方がこうなってしまった理由】を」
「理由?」
「えぇ、きっと貴方がそんなふうに歪んでしまったのには何か理由があると思うんです」
「私が…、歪んだ…理由」
結城は頭を抱える。
「…私は」
「うん…」
「わ、私は…」
「私は…?」
「私は唯…、助けたかったんだ…!」
「誰を…助けたかったの?」
「私と同じ、見放された人達を…」
類はその言葉に、何故か胸のあたりを誰かに握り潰される様な感覚に陥った。
「もしかして…貴方も、見放されたの…?」
「…」
「別に貴方を責めたい訳じゃないの…。だから、どうか教えて。どうしてこうなったのかを…」
まるで、幼子を諭すような問いかけに結城はようやくポツリ、ポツリと事情を話し始める。
「俺は長年、精神科医として人の心の病と向き合ってきた…。だが、世間は人の心にまるで関心が無い。心の病を唯の弱者だと決めつけ、気合がない。根気が足りないという」
この建物が運営されていた時代背景を考えると、今とは違ってまだまだ心の病は認知されていなかったようだ。
「俺はそんな人達を治してやりたかった…。だからこの施設が建設されると聞いた時、俺が責任者になってそれを実行しようと思った。しかし、蓋を開けてみれば人手が足りない。医師は私一人。後は数名の看護師だけ…。当然、増員してくれるよう各機関を回って歩いたが、誰一人として協力してくれなかった…」
「そんな…」
「本当だ。誰一人だ。辛うじて金を出してくれる奴はいても俺の感情に寄り添ってくれる奴は一人もいなかった…。興味が無いんだ。目に見えない病を認知することが出来ない、皆目に見えるものしか信じてくれないんだ」
結城は悲しそうに、瞳を伏せる。
「その時、私は気づいた。ここは療養施設なんかではなく、世間の型にハマらなかった者達を隔離する場所。世間は最初から治す気など無かったんだ」
「…」
「患者は日に日に増えていった。当然だ。医師は俺一人。看護師もそこまで多くはない。皆休む間もなく働いた。文字通り最初は真面目に、倫理観に則って働いた。だが、ある日を境に私の中で何かがキレた…」
「限界だったのね…」
類は責めるでも、軽蔑するでもなく優しく尋ねる。
「私の中には、もう異常な思想しか残って無かった。感情はごっそりと消え去り、いつしか流れ作業の様に人の世話をし、夜は女に手を出した…」
結城はそこまで話すと顔を両手で覆った。どことなく声は震えている。
「自分という輪郭が消えていくような気がした……。しかし、どうにもできなかった…。患者は増え続け、看護師は日に日に精神をすり減らしていった」
最初から悪人の人間なんてこの世には存在しない。いつだって奇跡的な偶然をきっかけに、闇へと落ちるのだ。
類は結城の言葉に胸を痛める。昔の自分と同じで彼は逃げるということをしなかった。
自分の感情に蓋をし、他の手段を用いて気にしない振りをした。
本当は限界なのに、
本当は叫びたいほど辛いのに、
本当は助けてほしかったのに、
その感情を見て見ぬふりをした。
類の目頭がじんわりと熱くなる。どうすれば彼は解放されただろうか。
どうすればこの孤独な魂をあの世へと返せるだろうか。
「何故、君が泣くんだ…」
「すみません…。なんだか悲しくて」
「悲しい?君が?」
結城は理解できないといった様子で首をかしげる。
「えぇ、悲しいです。私もそうだったから…。逃げればいいのに、逃げられない。やめればいいのにやめられない。気づいた時にはすでに限界を通りこし、手のつけようがない…でも、最近になって一つ分かったことがあるんです」
「…わかったこと?」
「すぎるは及ばざるがごとし、です」
「何がいいたい?」
「ご存じだと思いますが、なんでもやりすぎは良くないという意味です。それは言いこと悪いこと全てに言えます」
「…」
「頑張りすぎるというのも不自然なんです。一見いいことのように思えますが、不自然なんです。この世は自然で成り立っていますから」
類はそこまで話すと、小さく微笑む。
「貴方は頑張りすぎてしまった…。心はもう頑張れないのに、それを見て見ぬふりして頑張った。だからもう【頑張るのは辞めて下さい】もう辞めていいんです。死んでまでここに留まらなくていいんです。無理なら無理でいいんです。貴方が肩の力を抜けば必ずどこかで天の助けが入ります。だからどうか全部自分で背負い込むのは辞めて下さい。貴方が優しくすべき相手は貴方自身です」
「では、どうしろと言うのだ?!行き場のない者達を野に解き放ち今日から自分達で生きていけ!とでも言えばよかったのか?!」
結城は怒りに満ちた表情で類を怒鳴りつける。
「お前の様な現場を知らない小娘が偉そうな事を抜かすな!!俺が頑張る事をやめたら誰が頑張ると言うのだ?!誰が彼らを救う?お前が変わってくれたのか?!」
「…いいえ、それは出来ません」
類の言葉に結城は可笑しそうに笑い始める。
「そら見ろ!お前も奴らと一緒だ!耳障りのいい言葉を紡いでるだけの詐欺師だ!」
「では、貴方はこの場に留まりたいのですか?」
「…は?」
「ですから、貴方は一生ここで頑張り続ける人生を選びたいのですか?」
類の問いかけに、結城から笑い声が消えていく。
「何がいいたい…」
「結城さん。残念ながら皆んなを平等に救うのは無理です。貴方の両手は二つしかありません。看護師の方の手を合わせても百は無かったと思います…」
「やはり、貴様はただの理想主義者だ…」
結城はどこか吐き捨てる様に、呟く。
「そうかもしれません。でも問題はそこではありません。問題は貴方がどう生きたかったのか。人を助けたいと言う気持ちが女性達に手を出す手段になっていなかったか?です。自然な気持ちの上に成り立っている思想であれば物事は必然的に上手くいくはずなんです…」
「…」
「きっと最初は助けたい思いが強かったのは信じます。だから貴方はこの施設の責任者に任命された。それは貴方の思いが本当だったから…。でもいつしかそれは女性と関係を結ぶ為の手段になってしまった…違いますか?」
いつもとは違った凛とした態度で怨霊と言葉を交わす類の姿に、光は少々驚く。
少し前までは、自分が居ないとダメな危うい存在だと思っていた女に、魅せられている自分が確かにここに居る。
「…あぁ、そうさ。私は今まで親の期待に応える為に懸命に勉強してきた。当然、女性と交際なんてした事もない。人助けなんてただの、建前で、本当は看護師の女を娶りたかっただけだ…。だから医師になった。モテると思ったから、周りから評価されると思ったから…」
結城は自嘲する様に呟く。
「カッコ悪い動機だろ?人助けなんて建前…。建前なんだ…何もかも…。笑えよ…、バカな奴って…、情けない奴だって…馬鹿にしろよ…」
結城は吐き出す様に、本音を語るとその場に脚をついて崩れる。瞳からは大量の涙が溢れ出し、両の手は頭をクシャクシャに掻き回す。
「笑いませんよ」
「嘘をつくな!」
「嘘じゃありません。だってそれが人間です。それが自然な動機です。確かに中には崇高な純粋な思いで人を助けてくれる素晴らしい人もいます。でも、そういう人にも別のところで必ずマイナスな部分がある筈です。闇があるから、光がある。夜が来るから朝が来る。マイナスがあるからプラスがあるんです…」
「…ッ、じゃあ、俺はどうすれば良かった?」
「それを人に委ねては行けません…自分で決めなくては」
そう。自分で決めなくてはならない。
それが本当の愛というものだ。
他人や、外側に答えは無いのだから。
「私は!、私は…、器量の良い嫁さんを娶って、幸せな家庭を築きたかった!そして、頼れる仲間と共に心の病んでしまった人々を励ましてやりたかった!」
結城は小さな子供の様に叫ぶ。
「それが貴方の本心ね?」
類はその言葉にそっと微笑むと、祈る様に両手を合わせる。
【どうか、この孤独な魂を、天に返してあげてください。そして、願わくば、来世は同じ志を持った仲間と巡り合わせてあげて下さい。そこに、素敵な奥さんが居たら、きっと彼は今度こそ本当に人を救えると思えます。】
と、優しく言霊を放った。
この合図は恐らく、バトンタッチのサイン。
類は直観的に、そう感じとるとゆっくりと深呼吸する。
そしてー、
「結城さん、どうか【教えて下さい、貴方がこうなってしまった理由】を」
「理由?」
「えぇ、きっと貴方がそんなふうに歪んでしまったのには何か理由があると思うんです」
「私が…、歪んだ…理由」
結城は頭を抱える。
「…私は」
「うん…」
「わ、私は…」
「私は…?」
「私は唯…、助けたかったんだ…!」
「誰を…助けたかったの?」
「私と同じ、見放された人達を…」
類はその言葉に、何故か胸のあたりを誰かに握り潰される様な感覚に陥った。
「もしかして…貴方も、見放されたの…?」
「…」
「別に貴方を責めたい訳じゃないの…。だから、どうか教えて。どうしてこうなったのかを…」
まるで、幼子を諭すような問いかけに結城はようやくポツリ、ポツリと事情を話し始める。
「俺は長年、精神科医として人の心の病と向き合ってきた…。だが、世間は人の心にまるで関心が無い。心の病を唯の弱者だと決めつけ、気合がない。根気が足りないという」
この建物が運営されていた時代背景を考えると、今とは違ってまだまだ心の病は認知されていなかったようだ。
「俺はそんな人達を治してやりたかった…。だからこの施設が建設されると聞いた時、俺が責任者になってそれを実行しようと思った。しかし、蓋を開けてみれば人手が足りない。医師は私一人。後は数名の看護師だけ…。当然、増員してくれるよう各機関を回って歩いたが、誰一人として協力してくれなかった…」
「そんな…」
「本当だ。誰一人だ。辛うじて金を出してくれる奴はいても俺の感情に寄り添ってくれる奴は一人もいなかった…。興味が無いんだ。目に見えない病を認知することが出来ない、皆目に見えるものしか信じてくれないんだ」
結城は悲しそうに、瞳を伏せる。
「その時、私は気づいた。ここは療養施設なんかではなく、世間の型にハマらなかった者達を隔離する場所。世間は最初から治す気など無かったんだ」
「…」
「患者は日に日に増えていった。当然だ。医師は俺一人。看護師もそこまで多くはない。皆休む間もなく働いた。文字通り最初は真面目に、倫理観に則って働いた。だが、ある日を境に私の中で何かがキレた…」
「限界だったのね…」
類は責めるでも、軽蔑するでもなく優しく尋ねる。
「私の中には、もう異常な思想しか残って無かった。感情はごっそりと消え去り、いつしか流れ作業の様に人の世話をし、夜は女に手を出した…」
結城はそこまで話すと顔を両手で覆った。どことなく声は震えている。
「自分という輪郭が消えていくような気がした……。しかし、どうにもできなかった…。患者は増え続け、看護師は日に日に精神をすり減らしていった」
最初から悪人の人間なんてこの世には存在しない。いつだって奇跡的な偶然をきっかけに、闇へと落ちるのだ。
類は結城の言葉に胸を痛める。昔の自分と同じで彼は逃げるということをしなかった。
自分の感情に蓋をし、他の手段を用いて気にしない振りをした。
本当は限界なのに、
本当は叫びたいほど辛いのに、
本当は助けてほしかったのに、
その感情を見て見ぬふりをした。
類の目頭がじんわりと熱くなる。どうすれば彼は解放されただろうか。
どうすればこの孤独な魂をあの世へと返せるだろうか。
「何故、君が泣くんだ…」
「すみません…。なんだか悲しくて」
「悲しい?君が?」
結城は理解できないといった様子で首をかしげる。
「えぇ、悲しいです。私もそうだったから…。逃げればいいのに、逃げられない。やめればいいのにやめられない。気づいた時にはすでに限界を通りこし、手のつけようがない…でも、最近になって一つ分かったことがあるんです」
「…わかったこと?」
「すぎるは及ばざるがごとし、です」
「何がいいたい?」
「ご存じだと思いますが、なんでもやりすぎは良くないという意味です。それは言いこと悪いこと全てに言えます」
「…」
「頑張りすぎるというのも不自然なんです。一見いいことのように思えますが、不自然なんです。この世は自然で成り立っていますから」
類はそこまで話すと、小さく微笑む。
「貴方は頑張りすぎてしまった…。心はもう頑張れないのに、それを見て見ぬふりして頑張った。だからもう【頑張るのは辞めて下さい】もう辞めていいんです。死んでまでここに留まらなくていいんです。無理なら無理でいいんです。貴方が肩の力を抜けば必ずどこかで天の助けが入ります。だからどうか全部自分で背負い込むのは辞めて下さい。貴方が優しくすべき相手は貴方自身です」
「では、どうしろと言うのだ?!行き場のない者達を野に解き放ち今日から自分達で生きていけ!とでも言えばよかったのか?!」
結城は怒りに満ちた表情で類を怒鳴りつける。
「お前の様な現場を知らない小娘が偉そうな事を抜かすな!!俺が頑張る事をやめたら誰が頑張ると言うのだ?!誰が彼らを救う?お前が変わってくれたのか?!」
「…いいえ、それは出来ません」
類の言葉に結城は可笑しそうに笑い始める。
「そら見ろ!お前も奴らと一緒だ!耳障りのいい言葉を紡いでるだけの詐欺師だ!」
「では、貴方はこの場に留まりたいのですか?」
「…は?」
「ですから、貴方は一生ここで頑張り続ける人生を選びたいのですか?」
類の問いかけに、結城から笑い声が消えていく。
「何がいいたい…」
「結城さん。残念ながら皆んなを平等に救うのは無理です。貴方の両手は二つしかありません。看護師の方の手を合わせても百は無かったと思います…」
「やはり、貴様はただの理想主義者だ…」
結城はどこか吐き捨てる様に、呟く。
「そうかもしれません。でも問題はそこではありません。問題は貴方がどう生きたかったのか。人を助けたいと言う気持ちが女性達に手を出す手段になっていなかったか?です。自然な気持ちの上に成り立っている思想であれば物事は必然的に上手くいくはずなんです…」
「…」
「きっと最初は助けたい思いが強かったのは信じます。だから貴方はこの施設の責任者に任命された。それは貴方の思いが本当だったから…。でもいつしかそれは女性と関係を結ぶ為の手段になってしまった…違いますか?」
いつもとは違った凛とした態度で怨霊と言葉を交わす類の姿に、光は少々驚く。
少し前までは、自分が居ないとダメな危うい存在だと思っていた女に、魅せられている自分が確かにここに居る。
「…あぁ、そうさ。私は今まで親の期待に応える為に懸命に勉強してきた。当然、女性と交際なんてした事もない。人助けなんてただの、建前で、本当は看護師の女を娶りたかっただけだ…。だから医師になった。モテると思ったから、周りから評価されると思ったから…」
結城は自嘲する様に呟く。
「カッコ悪い動機だろ?人助けなんて建前…。建前なんだ…何もかも…。笑えよ…、バカな奴って…、情けない奴だって…馬鹿にしろよ…」
結城は吐き出す様に、本音を語るとその場に脚をついて崩れる。瞳からは大量の涙が溢れ出し、両の手は頭をクシャクシャに掻き回す。
「笑いませんよ」
「嘘をつくな!」
「嘘じゃありません。だってそれが人間です。それが自然な動機です。確かに中には崇高な純粋な思いで人を助けてくれる素晴らしい人もいます。でも、そういう人にも別のところで必ずマイナスな部分がある筈です。闇があるから、光がある。夜が来るから朝が来る。マイナスがあるからプラスがあるんです…」
「…ッ、じゃあ、俺はどうすれば良かった?」
「それを人に委ねては行けません…自分で決めなくては」
そう。自分で決めなくてはならない。
それが本当の愛というものだ。
他人や、外側に答えは無いのだから。
「私は!、私は…、器量の良い嫁さんを娶って、幸せな家庭を築きたかった!そして、頼れる仲間と共に心の病んでしまった人々を励ましてやりたかった!」
結城は小さな子供の様に叫ぶ。
「それが貴方の本心ね?」
類はその言葉にそっと微笑むと、祈る様に両手を合わせる。
【どうか、この孤独な魂を、天に返してあげてください。そして、願わくば、来世は同じ志を持った仲間と巡り合わせてあげて下さい。そこに、素敵な奥さんが居たら、きっと彼は今度こそ本当に人を救えると思えます。】
と、優しく言霊を放った。