性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
 渋谷、ハチ公前。

 大勢の人たちが行きかう中、類は少し緊張した面持ちで周囲を見渡した。

 (凄い、人…)

 あまりにも、凄い人波に類の呼吸が少し荒くなる。どうも、人込みというのは苦手だ。

 「大丈夫?」

 何やら、隣でスマホをいじっていた光が心配そうに類の顔を覗き込む。

 「は、はい…なんとか。それより、さっきから何してるんですか?」

 「溜まってたメンヘラ女共のフォロー」

 「…」

 内心、仮にもデート中だぞ。という思いが浮上するが何とかその思いを底へと沈める。

 「何?」

 「いえ。こんな時まで大変ですね…」

 類は特に視線を合わせることなく呟く。

 「嫉妬した?」

 「まさか。自惚れないで下さい」

 「……冗談だよ、本気にすんなって」

 光はそういうと、何故かスマホをポケットへとしまってしまった。

 「…いいんですか?」

 「なんか、お前の顔見たらやる気失せた」

 「は?」

 子供の様な言い分に類は顔を顰める。

 「にしても遅せぇな…」

 「迷ってるのかも…」

 「地方から上京してきた大学生じゃあるまいし、迷うかよ」

 「もしかして、体調が悪いのかもしれません」

 類は不安そうに光を見つめる。

 「何でお前ってそう、相手に都合のいいように考えんの?」

 「都合のいいようにって…本当にそうかもしれないじゃないですか…」

 別に都合のいいように考えているわけではないのだが。
 
 類は不満げに呟く。

 「んな訳あるか、ただの遅刻だよ…」

 「寝坊…とかですか?」

 「いや、メイクが決まらなかったからってクソみてぇな理由だ…」

 何故か、分かりきったように話す光に類は苦笑する。

 「随分とエリカちゃんのことよく知ってるんですね」

 「まぁ付き合い長いからな…ってなんだよ。またロリコンとか言うなよ…?」

 不愉快そうに顔を顰める光に、類は首を横に振る。

 「違いますよ。ちゃんとよく見てあげているんだな。って関心してるだけです」

 「お前は俺の保護者かよ…」

 「囮ですけど?」

 「…」

 類の返答に光は内心困り果てる。どうも彼女と居ると自分の放った言葉がブーメランのように自身の心に突き刺さるのは何故なのか。

 「そういやさ…」

 「…?」

 「結局どうするの?」

 「何がです?」

 類は、よくわからないといった表情で光の顔を見る。

 「もう忘れたのかよ…、屋敷で言った事…」

 その言葉に、類はこの前の屋敷で言われた事を思い出す。

 「辞めるかって話ですか?」

 「うん。出たら教えてって言ったろ?」

 光は類と視線を合わせることなく尋ねる。

 「…」

 「…」

 「…」

 「…」

 「辞めたいです」

 「…」

 「って言ったらどうするんですか?」

 「はぁ?」

 何故か質問に対して質問を返す類に、光は思わず類の方へと顔を向ける。

 「どうするって…、あん時言ったろ。記憶を消すって…」

 「記憶を消された私はそのまま、家に戻されるんですか?」

 類の言わんとしていることをようやく理解した光は「あーそういうこと」と言って頭を掻く。

 「お前がそうしたいってんなら、それでもいいけど…、多分百パー嫌だろうから適当に住む場所と仕事は提供してやる」

 「…」

 「ただし、エリカにも礼二にも誠にも会わせねぇし、俺もお前に会うのは最小限に留める」

 「それって…、ある程度自立できるまでは面倒を見てくれるってことですか?」

 「…」

 類の発言に、光はバツが悪そうに押し黙る。恐らく、また無意識にいい加減なことを言い放ってしまったと後悔しているに違いない。

 「…まぁ、そうしてやるよ。お前にはこの前の件で仮もあるしな」

 光は前回、言霊であの世の淵から救い出してもらった事を思い出す。

 「ただし、住む場所と仕事は選ばせない。俺のツテの中からランダムに決めさせてもらう」

 「それ以外は自由ってことですか?」

 「…まぁそうなるな」

 「恋愛も?」

 「…勝手にすれば?、結婚するも子供作るも、お前の自由だ」

 なんと、素敵な待遇だろうか。

 類は思わず幸せな家庭生活に胸を躍らせる。しかし、そこで類の中に一つの疑問が浮上する。

 「…でも、それって光さんに何のメリットもないですよね?」

 類の質問に光は視線を逸らす。

 「まぁ、そうだな」

 「そうだなって…」

 類はそんなデメリットだらけの提案をしてくる光に、顔を顰める。もしかしたら、この一件には何か裏があるのかもしれない。

 「…なんか企んでます?」

 「さぁ?」

 「…」

 「嘘。冗談。なんも企んでないし、好きに決めてもらっていいよ」

 尚更怪しく見えてしまう。
 
 類はじーっと光の横顔を見つめる。しかし、その表情はピクリとも動かず真っ直ぐに前を見据えている。

 「…」

 「…」

 「ほ、本当に何も企んでないんですね?」

 「だからそう言ってんだろ…」

 「ほ、本当に、本当に?」

 「ここで嘘っつったらお前はどうするんだよ…」

 光はそう言うと、そっぽを向いてしまった。

 「俺の気まぐれ…。珍しいから乗っとく方が吉だと思うけど?」

 「…そ、そうですよね」

 「それとも、囮を続けたい理由でもできたか?」

 光の言葉に、類の胸がチクりと痛む。確かに、両親が呪い殺されてしまった本当の理由を知りたい気持ちはある。でも、その真実を受け止める覚悟が果たして自分にあるのだろうか。

 類は俯く。首輪も外され、開け放たれた扉の向こうには自由が待っている。それなのに、何故か快くそちら側へ行けないのは何故だろうか。

 「…」

 「まぁ、今日のデートが終わるまでに考えといてよ。別に俺はどっちでもいいよ」

 類はその言葉に顔を上げる。

 「本当に」

 「?」

 「本当にどっちでもいいんですか?」

 「……はぁ?」

 「ですから、本当に私が居なくなってもいいんですか?」

 類はどこか不安そうな表情で光を見つめる。今更何故そんなことを聞くのか自分でも理解できない。しかし、ここで聞いて置かなければ今後一生聞く事はできない様な気がした。

 「お前って案外、面倒な女だな…」

 「光さんの…、せいですよ…」

 「へぇ…、俺のね…」

 光は何故か嬉しそうに口元に弧を描くと、類と身長を合わせるように少し屈んでみせる。

 「光さん…?」

 まるで小さな子供の相手をするような光の体制に、類は首をかしげる。

 「お前が居なくなるのは嫌だよ。でも、俺はお前に死んでほしくない。だから、逃がすって言ってんだ…」

 「…」

 決して視線を逸らすことなく、まっすぐと類の目を見てそう話す光に、類の瞳が揺れる。

 「何で、そんな…」

 嘘か、真実か、わからぬ言葉に類は戸惑い気味に光を見つめる。

 「何で?、んなの決まってる。お前には消えてほしくないと思った。これが理由…」

 「…嘘は辞めて下さい」

 「…お前は、そんなに俺を嘘つきにしたいの?」

 「だって…、そんなのおかしいですよ…」

 今までさんざん彼の本性は見てきた。今更そんな演技をされても類はどうしていいのかわからない。

 分かりやすく戸惑いの表情を見せる類に光は、何を思ったのか自身の小指を差し出す。

 「…?」

 「指切り…する?それとも、本当にこの指食い千切った方が、お前は俺の言葉を信じてくれるかな」

 光はそう言うと自身の小指を咥えようとする。

 「え?!、ちょ、や、やめて下さい!」

 類は慌てて光の腕を掴んで行動を止めようと声を張り上げる。

 「じゃあ、俺は何を差し出せばいい…?どうしたら、お前は俺を信じてくれるの?」
 
 様子のおかしい光に類は思わず後ずさる。こう言う時の光はいつも危うく情緒不安定だ。

 「目?脚?それとも舌?お前は何が欲しい?どうやったら俺を信じる…?」

 「それは…」

 「…俺の言葉ってそんな軽薄?何で伝わらない?どうしたら、言霊なしに俺は愛を囁ける…?」

 光はそう言うと、類をハチ公像へと追い詰め、逃げられ無い様に肩を押さえつける。

 「やっぱ…、身体で繋ぐしかないか」

 「え…」

 「身体で繋いで、どこにも行かない様に檻にしまっておこう…。そしたら、お前は俺しか頼れない。俺しか頼れないならお前は俺を信用せざるを得ない…」

 「光さん…?」

 「そうだ…。あの家は売っぱらって二人だけで別の所に住もう…。この前みたいな森の中にある誰も近づけない場所、きっと気に入るさ」

 「光さん…」

 「そんで、囮は別の女にやらせよう…、お前の記憶は全て消してやる。文字通り全て…俺しか知らない状態。俺とお前だけの世界、そしたら、きっと…」

 「光さんッ!!」

 類は震えた声で光の名を叫ぶと、光はようやく我に返った様子で類の肩から手を離した。

 「ごめん…。その…本当にごめん。別に困らせたい訳じゃないんだ…」

 どこか、申し訳なさそうに顔を覆う光の姿に類は少々驚く。

 こういった状態の時、以前の彼であれば言霊で類の行動を制限していた筈だ。しかし、今回はそれが無い。

 類は少しホッと胸を撫で下ろすと、光の腕に手を回した。

 「え…何?」

 突然の事に今度は光が戸惑いの表情を見せる。

 「今日はデートなんですよね?」

 「そうだけど…」

 「じゃあ、腕を組んで歩いてみたいです」

 類はそう言うと、自身の体をぐいっと光の腕に寄せる。

 「…腕組むのはいいけど、近すぎ」

 光は何故か恥ずかしそうに、そっぽを向く。

 「いいじゃないですか、だって今日は光さんを独り占め出来るんですよ?これくらい、してもらわなきゃ」

 類は嬉しそうに、光の腕に顔を寄せる。

 「…俺、何かお前を喜ばす様な事言った?」
 
 「さぁ?どうでしょう」

 「…」

 「教えてよ…」

 光は少し困った表情で類の顔を覗き込む。

 「知る必要ありません」

 「なんで?お前の喜ぶ言葉を知ってれば、今みたいにお前を怖がらせる言は無いよ?」

 そうすれば、毎日だってその言葉を呟いてやる。

 光の懇願する様な言い分に、類は思わず苦笑する

 「光さん。私はありのままの貴方と話がしたいんです」

 「ありのままの俺?」

 「えぇ。だから、わざわざ私が喜ぶ言葉を覚える必要はありません。確かに、また今みたいに光さんを怖いと思ってしまうこともあると思います…。でも、それも貴方の一部だと思って私が受け入れられるように努力します」

 「俺の一部…」

 光はまるで狐に摘まされた様な表情で類を見つめる。

 「そうです。人間誰だって光も闇も持ってるでしょ?光さんが私の闇を受け入れてくれた様に、私も貴方の闇を受け入れたい。だからどうか、私の前では格好つけないで下さい」

 そう。

 貴方は貴方のままでいい。


 私は、格好つけて無い無色透明な貴方と

 話がしたい。
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