彼と別れた瞬間、チャラいドクターからの求愛が止まりません
“瀬名先生”ではなく、“瀬名先輩”。
その呼び方だけで、私の知らない時間が確かに存在していたことを突きつけられた気がして、落ち着かない。
私は小さく息を吸い込んで、数日前の出来事をかいつまんで話した。
しげぴーと瀬名先生の会話。
事故。逃げた。
そんな言葉が出ていたこと。
私の名前が出ていたこと。
話し終える頃には、指先が冷たくなっていることに気づいた。
真由ちゃんは黙ったまま聞いていたけれど、やがて困ったように視線を落とした。
「……そっか」
短いその一言が、妙に重く感じる。
私は思わず身を乗り出した。
「真由ちゃん、私に何があったの?」
真由ちゃんはすぐには答えなかった。
グラスのストローを指先で少しだけ動かして、それからゆっくり顔を上げる。
「ひより、本当に覚えてないんだね」
その言葉に、背筋がぞくりとした。
「……事故のことは、なんとなく覚えてるよ」
真由ちゃんの目が揺れる。
「大学の階段から落ちたことは覚えてる。頭を打って、しばらく入院したことも。しげぴーとか真由ちゃんが毎日お見舞いに来てくれてたことも覚えてる」
そこまで言って、私は唇をそっと舐めた。
喉がひどく乾いている。
「でも……瀬名先生のことだけは、何も覚えてないの」
真由ちゃんは一瞬目を伏せ、それから静かに息を吐いた。
「そっか……やっぱり、そこだけ抜けてるんだ」
胸がきゅっと締めつけられる。