月とスッポン  一生に一度と言わず
この地を守る土宮に『この地に来れた事を』、雨風の神を祀る風宮に『今日の晴天を』それぞれ感謝をする。

「まぁ、海が幸せならなんでもいいです」

次の遷宮を待つ古殿地を眺めながら、海の幸せとここに次の正宮が立つまでにはもう一度ぐらい来たいと思いを馳せる。

「それは海も同じ事を思っていると思いますよ」

大河が優しく微笑んでいる。
何か企んでいるのか?恐ろしい。

「私は今で十分幸せですけどね」
「幸せですか」
「幸せですよ」

他人を責める事も責められる事もなく。
他人に気を使う事も使われる事もない。
自分のやりたい事を自分のペースでできて、やりたくない事もならなくてもいい。
それで全て自分だけの責任で負えばいい。
何があっても、自分だけ。全部自分のせい。
なんて素敵な世界なんだ。

「“もっと幸せになりたい”とかは思わないのですか?」
「上を見たらキリがなさそうだし。欲をかいても、仕方がないじゃないですか」

苦笑いを浮かべ大河を見れば、眉間に皺を寄せ目尻を下げている。

少し眩しいのだろうか?

「御朱印を貰いますよ」と繋がれた手を引き歩き始める。

木陰に入れば、眩しくはないが気温が下がる。繋いだ手が暖かくてちょうどいい。

「“身の丈”ですか」
「身の丈っていうよりも、上を目指して登ったら落ちた時痛いじゃないですか。痛いのは嫌です。ただそれだけですよ」

「落ちる事が前提なんですね」
「永遠なんて存在しないんですよ」

「そうですね。でも、限りない思いはあると思いますよ」
「そうですかねぇ」

「この伊勢がそれを証明しているのではないでしょうか」
「まぁ、確かに」
「この先はわかりませんが、何千年という時を繋いできたのですから、私たちが生きている間は続くのではないでしょうか」

これは説法なのか?

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