失くしたあなたの物語、ここにあります



「シフォンケーキ、美味しいってお客さんから大好評だよ」

 ローズマリーとレモンのシフォンケーキを注文した沙代子の前に、天草さんが真っ白なお皿を運んでくる。カットしたシフォンケーキにローズマリーと生クリームを添えた、ナチュラルでかわいらしいプレートだ。

「本当? よかった」

 天草さんのおばあさんの味を再現するのは難しかった。シフォンケーキの奥深さを痛感しながら、何度か試作を繰り返し、ようやくおばさんの合格をもらったのは、先週のことだ。

 試食はたくさんしたけれど、一度、客として味わってみたくて、沙代子はまろう堂を訪れていた。

「葵さんのおかげだよ。ありがとう」

 ほっと胸をなでおろす沙代子に、彼は柔らかな口調で礼を言う。

「お礼なんて」
「お礼は言わせてほしい。祖母が亡くなってから、正直、母さん落ち込んでてさ。もうハーブ入りのケーキは作らないと思ってたから」

 彼にしては珍しく、生真面目な表情をしている。沙代子には見せない、天草家の深刻な事態があったのだろうと思う。

「母さんさ、ほかにも作ってみるって張り切ってるよ。もちろん、葵さんの手を借りてなんだけど」
「私でお役に立てるなら、いつでも。うららちゃんも手伝ってくれるって言ってたよ」
「そうそう、葵さんは天才だって、うららが言ってたよ。ずいぶん仲良くなったみたいだね」
「それは、うららちゃんが気をつかってそう言ってくれるだけだよ。優しい子だよね」
「優しいかぁ。まあ、確かに高校まではおとなしめだったかな。大学入ってからよくしゃべるようになったよ」

 少しは大人になったのかもね、と天草さんはちょっと苦笑いする。

「高校……って言えば、そう。うららちゃんがね、雑誌におばあさんのケーキが紹介されたことがあるって言ってたの。知ってる?」

 いつか聞いてみようと思って、すっかり忘れていた。不意に思い出して尋ねると、天草さんは首をひねる。
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