失くしたあなたの物語、ここにあります
 それは褒め言葉だったはずなのに、うららは苦虫を噛み潰したような顔をする。そのときの様子を思い浮かべると、沙代子も同情してしまう。

「海くんって子、彼女さんのいる前でそう言ったの?」
「沙代子さん、わかってくれます? そうなんですよ。海くん、私をかばったつもりかもしれないけど、彼女がそれ聞いて怒って、私に嫌がらせするようになったんです。もう三年生の終わりがけだったけど、卒業までほんとに嫌な思いしたんです」
「それで、弟さんには会いたくないの?」
「そうです。海くんは空気読めないから仲良くしてこようとするんですけどね、彼女と一緒にいるところになんて出かけたくないです」

 もしかしたらまた、弟さんの不用意な発言で傷つけられることがあるかもしれないと恐れてるのだろう。

「それはそうね。じゃあ、そのことは藤井さん知らないの?」
「知らないと思う。卒業してすぐ、海くんはその彼女と別れたし。おばあちゃんのカフェが紹介されたせっかくの雑誌だったのに、これ見ると嫌なことも思い出しちゃって」

 そういう経緯があって、うららはこの雑誌を父にあげると言って手放したのだろう。捨てなかったのは、おばあさんとの良い思い出もあったからだろうか。

「でも藤井さん、この雑誌、懐かしいって見てたよ。嫌なことばっかりじゃないかも」
「あー、もう恥ずかしいですよー。渚さんにまでじっくり見られたかと思うと」

 とにもかくにも、藤井さんはうららと一緒に出かけたいと誘ったのだ。そこに恋心があっても不思議じゃないが、うららはまったく気づいてないのだろうか。それとも、考えすぎか。

「藤井さん、農園に来てくれそうだよね。アルバイト終わったら、一緒に出かけてきたら?」

 提案すると、うららは雑誌を閉じ、沙代子の顔をひょいとのぞき込む。

「沙代子さんはデートしないんですか?」
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