失くしたあなたの物語、ここにあります
「えっ、私? しないよ。恋人いないもの」
「好きな人も?」

 沙代子はちらりとキッチンの方をうかがった。キッチンにここの話が筒抜けになってるって、うららは知らないのだろうかとヒヤヒヤしてしまう。

「あー、沙代子さんの好きな人って」

 キッチンに向けた視線を誤解したのか、うららは意味ありげな目をする。

「違うよ、違う」
「そうですかー? すごく仲良いですよね。きっと志貴くんは沙代子さんが好きだと思うなぁ」
「確証のないこと言わないの」

 沙代子がやんわり釘を指すと、キッチンから天草さんが出てくる。ほんの少し困り顔だ。きっと全部聞こえていたのだろう。

「うらら、葵さんを困らせたらいけないよ」

 アイスミルクティーをカウンターに乗せて、彼が苦言する。

「はーい。ごめんなさい」

 素直に謝ると、すぐにうららは笑顔になって、何か思いついたように両手を合わせる。

「そうだっ、沙代子さん、今度、敵情視察しません?」
「なーに、それ」
「鶴川で一番おいしいケーキ屋さん、どこだか知ってます?」
「知らないわ。どこ?」
「駅前の大通り沿いにある『ルッカ』っていうケーキ屋さんです。カフェも併設してる人気店なんですよ。沙代子さんのライバルになりそうなお店はそこしかないと思うんです」
「ライバルって」

 それで、敵情視察かと納得する。

「出店を考えてるなら、絶対一度は食べた方がいいですよ」
「……そうね。おいしいケーキは食べてみたいかも」

 沙代子が譲歩すると、うららはうれしそうに身を乗り出す。

「ですよね! じゃあ、決まり。金曜日の午後、アルバイト終わったら行きましょう」
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