失くしたあなたの物語、ここにあります
「うららから、来れなくなったから代わりに行ってくれって連絡が来てさ」
「えぇ、そうなの?」

 アルバイト中も、終えて別れるときでも、全然そんな素振りはなかった。急用でもできたのだろうか。

「まろう堂は?」
「閉めてきた」

 あっさりと驚くようなことを言う。

「いいの?」
「意外と、お盆休みはお客さんが来ないからね」
「それにしたって、わざわざよかったのに。あ、座る?」

 連れが来たと思ったのか、店員さんがお水を運んでくるのに気づいて、沙代子は座るように促す。

 天草さんは向かい側に腰をおろすと、メニュー表をテーブルの上に開く。食べていくみたい。

「天草さんはここに来たことあるの?」
「あるよ。銀一さんとよく来てた」
「父とここに?」
「うん。銀一さんがここによくいるって知って、俺も来るようになっただけなんだけどね。そうそう、銀一さんはいつも葵さんが座ってるその席から大通りを眺めてたよ」
「……そう」

 沙代子はふたたび、大通りへと目を向けた。

 父の瞳に映っていた光景を今、自分も目にしている。父が見ていたのは、きっと……。

「葵さん、ここのケーキはショートケーキがおいしいよ。生クリームがとにかくおいしいお店なんだよ」
「そうなの?」

 沙代子は天草さんの指先に目を落とす。彼はおすすめの人気メニューにある、いちごのショートケーキを指さしていた。
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