失くしたあなたの物語、ここにあります
 答えになってない。そして、胸はずきりと痛んだ。

「天草さんの初恋って、いつ?」

 これ以上、聞きたくない。そう思うのに、意味のわからない義務感に襲われて、沙代子は尋ねていた。

「小学6年の夏休み」

 やけに具体的だ。それほど鮮明に覚えているのだろう。

 沙代子はがっかりした自分に気づいた。小学6年の天草さんに出会った記憶はない。初恋の相手は自分以外の別の誰かで、その別の誰かに彼は今でも恋をしている。

「どこで会ったの?」
「六坂神社の恋岩だよ」

 小学6年の天草さんは恋岩へ行ったことがあるのだ。中学生のときに引っ越してきたと言っていたが、それ以前は天草農園を営む祖父母が暮らす鶴川へよく来ていたのかもしれない。

 15年以上前の恋岩は、今と違って子どもたちの遊び場で、誰でも立ち入れるような場所だった。彼も恋岩で遊んだのだろうか。

「恋岩へ行けば、会えるの?」
「会えるかもしれない」

 希望を持っているような声音だ。

 恋岩はふしぎな場所だ。そこへ行けば、会いたい人に会えるかもしれないと思えるような場所。

 もう一度出会えたら、永遠の愛が約束されるような、そんな気持ちになっているのかもしれない。

「会えたらいいね」
「葵さんがいてくれたら、会える気がしてるんだ」

 どうして? そう聞いてみたくなったけど、沙代子は開きかけた口をつぐんだ。聞いても、明確な答えは返してくれないような気がしたのだ。
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