失くしたあなたの物語、ここにあります
 だから、天草さんの気持ちはうれしく思っても、受け入れられない。失った信用を取り戻す前に、彼を受け入れていいはずがない。

 天草さんは意味がわからないというように首をわずかに傾げた。

「今は、パティスリーの成功だけ考えたいの」

 目をそらしてそう言うと、天草さんのため息が聞こえた。だけれど、彼はあきらめなかった。

「パティスリーの成功を、俺にも手伝わせてほしい」
「天草さんにはまろう堂があるじゃない。あなたの成功の足を引っ張りたいわけじゃない」

 現に今日、天草さんはまろう堂を閉めて沙代子に会いに来た。そういうことは望んでないのに。

「そんなふうに思ってほしくない」

 何をどう言えば、納得してくれるだろうか。あなたに付き合う価値が自分にはないのだと、はっきりそう言っても、彼にはわかってもらえない気がする。

「ごめんね」

 結局、それしか言えず、沙代子は彼に背を向けた。前方に視線を移すと、まろう堂の方から駆けてくる青年に気づく。

「まろう堂さんっ、今日、休みなんですか? 定休日って、金曜日じゃなかったですよね?」

 息せききって天草さんに声をかけてきたのは、藤井渚さんだった。
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