失くしたあなたの物語、ここにあります
「はい、いいんです。そうだっ、志貴くん、ミックスある? あれ、やっぱり私、持ってたい。渚さん、次はお正月にしか戻ってこないって言ってたから」

 ミックスがあれば、いつでも渚さんに会える。傷ついた過去は受け入れて、彼と過ごした楽しい記憶を取り戻そう。そう思ったのだろうか。彼女はミックスを欲しがった。

「遅いよ。さっき、藤井さんが買っていかれたよ」

 ひょうひょうと天草さんは答える。

「えっ! 渚さんが?」
「うららが載ってるからほしいってさ」
「なにそれー」
「何って知らないけどさ、欲しいなら取り戻しておいでよ」

 天草さんはからかう。ちょっとだけいじわるをするけど、きっとそれも彼の優しさなんだって、沙代子は思う。

「渚さん、さっき帰ったばっかり?」
「まだ近くにいるかもね」

 確証のないことを天草さんは言うけれど、うららは疑いもせずに、あわててまろう堂を飛び出していく。

「取り戻せるかな」

 彼は心配そうに、だけれど、どことなく楽しげにグラスを片付けながらつぶやく。

 それは雑誌を?
 それとも、結ばれるかもしれなかったふたりの時間を?
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