失くしたあなたの物語、ここにあります
「私が言うのも……だけど、ああ見えて運動も得意だし、なんでもできちゃって、羨ましいぐらい優秀な子なの」

 母は悠馬を可愛がっていた。おてんばの沙代子と違って大人しく、手がかからない弟は可愛くて仕方なかったのだろう。成績優秀で、運動神経も抜群。学校で表彰されることもたびたびあったし、誇らしい息子だっただろう。ことあるごとに、『悠馬は可愛い』と母は口にした。

 悠馬も、じゃないんだと、沙代子は優等生の彼が羨ましく、母の愛情が向けられない過去に悩んだこともあった。でももう、それは過ぎ去った話だ。母は家事をこなす沙代子を心強く思っていただろうし、高校生になる頃には一人前の大人のように扱ってくれていただけだ。

 沙代子は大丈夫。私と銀さんの子だから。

 母はそう言って、弱音を吐きたいときのある沙代子を励ました。突き放されたように感じたことも、それもまた、今となっては過去の話だ。

「悠馬、ほかに何か言ってた?」

 沙代子が知らない将来の夢を天草さんに話すぐらいだ。ほかにも何か話したんじゃないかと気になって尋ねると、天草さんは父の本棚の方へ目を向けた。

「店に入る? って聞いたらうなずいたから、中に案内したらさ、ずっとそこに立って本棚を眺めてたよ。懐かしんでたのかな?」
「懐かしいなんてことないと思う。悠馬は父を知らないだろうし」
「知らない?」

 意外そうに、彼はまばたきをする。

「悠馬が生まれたのは、両親が別居したあとなの」
< 154 / 211 >

この作品をシェア

pagetop