失くしたあなたの物語、ここにあります
「……そっか」
「悠馬が知ってるのは、父が古本屋を営んでたことぐらいだと思う」
「じゃあ、悠馬くんは鶴川に今まで来たことなかった?」
「来てないと思う。父も、天草さんに悠馬の話はしなかったでしょ?」

 父は自分たち姉弟が立派な大人になれるようにと、潤沢な養育費は支払ってくれていたが、積極的に会おうとしてくれる人ではなかった。

「あ、そうだね。葵さんに弟さんがいるのは、正直知らなかったよ。じゃあさ、悠馬くんが言ってた、あれは?」
「あれって?」

 そう尋ねると、途端に天草さんは言いにくそうな表情をする。聞いてから、後悔したみたいな顔だ。

「もしかして、鶴川に私たちの嫌いな人がいるって話?」
「ごめん。興味本位で聞いたわけじゃなくて」
「鶴川に来たこともないのに、なんで嫌いな人がいるんだろうって思うよね」

 小さくため息をつくと、彼は申し訳なさそうに沙代子の顔をのぞき込む。

「聞いてもいいのかな?」
「もしかしたら、天草さんは知ってる話かもしれないって思ってる」
「俺が銀一さんから聞いたのは、事情があって家族は家を出たって話だけ」
「父が話さなくても、周りの人は知ってるから」
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