失くしたあなたの物語、ここにあります
 それは知らなかった。天草さんからマロウブルーの話を聞いたことはなかった。それなのに、詩音さんは特別なハーブティーだって知っていた。

 彼女は彼の大切な人だったから知っているのだ。そのことに気づいて、沙代子は少なからず傷ついていた。

「葵さんのお嬢さんが志貴と仲良くしてるって聞いて、羨ましくなっちゃったみたい」

 意地悪した理由を彼女はそう告白する。

「羨ましい……って」
「どうして別れたんだろうって、最近はよく思うの」

 可憐な見た目以上に、詩音さんははっきりとした女性のようだった。沙代子が憧れるような強さを持っている。天草さんにふさわしいのは、彼女のような強さのある人だ。

 そんなふうな考えに囚われて、沙代子は何も言えずに黙っていた。

「私ね、後悔してるの。あなたはない? 後悔したこと」

 後悔なんてたくさんある。選んできた道全部が間違いだったかもしれないって思ったこともあっただろう。

 詩音さんも、天草さんと別れる決意をした選択を後悔しているのだ。その選択が間違いだったと認めて、取り戻そうとしてる。

 それはそうだろう。天草さんは素敵な人だ。沙代子がいまだに返事ができていないのは、自分にはもったいないと思う気持ちがどこかにあるからだ。

「別に、あなたと対立するつもりはないの。ただ、あなたたち家族とは縁があるみたい。なんだか、皮肉だなって」

 沙代子をライバルにもならないと思っているから、そんなふうに言えるのだ。

 何も言い返せないでいると、詩音さんは微妙な表情をして、「志貴を待たせてるから」とまろう堂へ向かって駆け戻っていった。
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