失くしたあなたの物語、ここにあります
「どうして知る必要がある?」

 彼はどうしても納得がいかないという表情をする。

「気になっただけじゃないかな」
「そんなことで会いに来るかな?」

 あきれたような口調で、彼は言った。

「葵家の子どもがどうなったのか、みんな知りたいことだったんじゃないかなって思う」

 引っ越しをして、沙代子にとって鶴川の出来事は過去になったけど、鶴川に残されたものにとってはそうじゃなかったのだろう。

「いやな思いしてない?」
「私と天草さんが付き合ってるって誤解してたから、私は会えてよかったって思ってるよ。ちゃんと誤解は解いたから」
「誤解なんだ……」

 失望したように彼は息をつく。

「だって私たち、付き合ってない」
「……俺たちが付き合ってたって知ってた? ちゃんと話してたら、こんなふうにはならなかった?」

 かたくなな態度に眉をひそめた彼は、ちょっとしたすれ違いの積み重ねを後悔するように言うのだ。前向きな返事ができていないのは、全然そういうことじゃないのに。

「気にしないで。迷惑はしてない」
「気にするよ」
「大丈夫だよ。私、大丈夫だって言ったでしょ? 詩音さんが宮寺院長の娘さんだったのは驚いたけど……」
「葵さんが傷つく必要なんて何もないよ。無神経なうわさ話は気にしなくていい」
「うん。気にしてないよ。詩音さんはまだ天草さんが好きだと思うけど、そういうのも気にしてない」
「そんなはずないよ」

 彼は迷惑そうだった。いつも穏やかな彼の表情が険しい。それは、沙代子が余計なことを言ったからだ。誰にだって、触れられたくない過去はあるだろう。

「ごめんね。こんな話……いやだよね」

 謝ると、天草さんは苦しげに眉を寄せて、まぶたを伏せる。

「葵さんにそんな顔をさせるなら、詩音と付き合うんじゃなかったって思うよ」
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