失くしたあなたの物語、ここにあります
天草さんはどうなのだろう。のどかな天草農園を飛び出して、厳かだけれど賑やかな城下町に店を構えた。しかし、親切な看板もない細々とした営み。地元の優しい人々に囲まれながら生きていきたい。沙代子の思いと通じるものがあるだろうか。
彼となら、ずっと夢を叶えながら生きていけるだろうか。
そう考えて、沙代子は笑ってしまう。プロポーズされたわけでもないのに、性急だ。慎重になりすぎる恋はよくない。かといって、母のように、感情のおもむくままに恋ができるような奔放さもないけれど。
沙代子は二十日通りの中を進んだ。自転車屋の前を通り過ぎ、斜め前にある真新しい茶色の建物へと向かう。それが、パティスリー『葵』だ。
パティスリーとお菓子教室が両立できるように、まほろば書房を改築した建物は、沙代子が理想とするアンティークな雰囲気を完璧な形にしている。
店舗は牛込さんの知り合いに頼んで工事してもらい、厨房機材も元同僚のつてで安く仕入れた。オープン日にはうららと天草のおばさんが手伝いに来てくれる予定になっていて、準備は順調だ。天草農園へ来てくださるお客さんも健康志向の方が多く、沙代子のパティスリーには興味を持ってくれている。
何もかも失って鶴川へやってきた沙代子だったが、今はすべてを失っていなかったのだと思う。失ったと思い込んでいただけで。そして、鶴川で過ごした時間も、決して無駄ではなかったと思えている。
彼となら、ずっと夢を叶えながら生きていけるだろうか。
そう考えて、沙代子は笑ってしまう。プロポーズされたわけでもないのに、性急だ。慎重になりすぎる恋はよくない。かといって、母のように、感情のおもむくままに恋ができるような奔放さもないけれど。
沙代子は二十日通りの中を進んだ。自転車屋の前を通り過ぎ、斜め前にある真新しい茶色の建物へと向かう。それが、パティスリー『葵』だ。
パティスリーとお菓子教室が両立できるように、まほろば書房を改築した建物は、沙代子が理想とするアンティークな雰囲気を完璧な形にしている。
店舗は牛込さんの知り合いに頼んで工事してもらい、厨房機材も元同僚のつてで安く仕入れた。オープン日にはうららと天草のおばさんが手伝いに来てくれる予定になっていて、準備は順調だ。天草農園へ来てくださるお客さんも健康志向の方が多く、沙代子のパティスリーには興味を持ってくれている。
何もかも失って鶴川へやってきた沙代子だったが、今はすべてを失っていなかったのだと思う。失ったと思い込んでいただけで。そして、鶴川で過ごした時間も、決して無駄ではなかったと思えている。