失くしたあなたの物語、ここにあります
鍵を開けて中へ入ると、カウンターの上にあるエプロンを身につける。そうして、文具の入った段ボールを運んでくると、やりかけだったポップ作りに取り掛かる。
しばらく熱中して作っていたが、ひと段落つくと、沙代子は何気なくガラス窓の方へ目を向けた。
毎日ここへ来るようになって気づいたが、詩音さんは朝夕と2回、パティスリーの前を通る。
自転車屋のおじさんの話によると、二十日通りを抜けた先にある法律事務所で働いているらしい。彼女は宮寺院長の一人娘だったが、医師にはならず、法律関係の仕事についているとのことだった。
そして今日も、品の良いコートを着た詩音さんがパティスリーの前を通っていった。
あれから、天草さんに会っているのだろうか。沙代子がまろう堂を訪れても、詩音さんの話はしない。沙代子も何も聞けず、普段通り、穏やかに接してくれる彼に甘えたままだ。
「あっ……」
沙代子はカウンターから飛び出した。詩音さんが戻ってきて、ガラス窓越しにこちらをのぞいたからだ。
「ごめんなさい。あなたが見えたから」
ドアを開けると、詩音さんはホッとした笑みを浮かべて頭を下げた。
「これからお仕事ですか?」
「ええ。でも少し時間があるの。話せる?」
「立ち話で良ければ」
沙代子は後ろ手にドアを閉め、店先で彼女と向かい合う。
自転車屋さんのおじさんが通りに出てきたが、沙代子たちに気づくと引っ込んでいった。明日にはまたうわさが広まるかもしれないが、かまわない。
母の罪のために、沙代子が苦しむ必要なんてない。それは、詩音さんも同じだから、お互いに堂々としていればいい。彼女はこれまでもそうして鶴川で生きてきたはずだ。だから凛とした美しさで天草さんを惹きつけた。
しばらく熱中して作っていたが、ひと段落つくと、沙代子は何気なくガラス窓の方へ目を向けた。
毎日ここへ来るようになって気づいたが、詩音さんは朝夕と2回、パティスリーの前を通る。
自転車屋のおじさんの話によると、二十日通りを抜けた先にある法律事務所で働いているらしい。彼女は宮寺院長の一人娘だったが、医師にはならず、法律関係の仕事についているとのことだった。
そして今日も、品の良いコートを着た詩音さんがパティスリーの前を通っていった。
あれから、天草さんに会っているのだろうか。沙代子がまろう堂を訪れても、詩音さんの話はしない。沙代子も何も聞けず、普段通り、穏やかに接してくれる彼に甘えたままだ。
「あっ……」
沙代子はカウンターから飛び出した。詩音さんが戻ってきて、ガラス窓越しにこちらをのぞいたからだ。
「ごめんなさい。あなたが見えたから」
ドアを開けると、詩音さんはホッとした笑みを浮かべて頭を下げた。
「これからお仕事ですか?」
「ええ。でも少し時間があるの。話せる?」
「立ち話で良ければ」
沙代子は後ろ手にドアを閉め、店先で彼女と向かい合う。
自転車屋さんのおじさんが通りに出てきたが、沙代子たちに気づくと引っ込んでいった。明日にはまたうわさが広まるかもしれないが、かまわない。
母の罪のために、沙代子が苦しむ必要なんてない。それは、詩音さんも同じだから、お互いに堂々としていればいい。彼女はこれまでもそうして鶴川で生きてきたはずだ。だから凛とした美しさで天草さんを惹きつけた。