失くしたあなたの物語、ここにあります
「天草さんとはお友だちみたいな関係で……、ずっとそういう関係の方が壊れなくていいって思ってた」
「そっか」
「でも……、壊れないわけじゃないよね。天草さんが壊れないようにしてくれてただけだよね。私、そんな優しさにずっと甘えてた」

 彼はそっと首を横に振る。

「俺の気持ちはずっと変わらないと思うけど、葵さんが友だちでいたいって言うなら……」

 違う。言いたいのはそういうことじゃない。沙代子はとっさに彼のコートの袖口をつかむ。

「友だちじゃ嫌だから……、お付き合いしてください」

 言いながら、うつむいてしまう。

「そういうの、顔見て言ってよ」

 ちょっと息を吐いて笑う彼の顔が見れない。

 すると、つかんでいない方の彼の手が伸びてくる。その人差し指が、口もとに触れるマフラーを押し下げる。そうして、かがみ込む彼の顔が近づいてくる。

 静かに重なる彼の唇は冷たかった。次第に熱を帯びていくのは、冷たさを分け合ってるからだと思う。

 柔らかに触れ合う時間は長かった。沙代子が返事を待たせた分を返されてるみたいに。

「風邪ひくといけないね」

 ようやく離れると、彼はそっとささやき、視線を下げる。無意識に重なっていた指が冷たい。

「あ……、寒いよね」

 沙代子はあわててマフラーをはずすと、ちょっと背伸びして、頭を下げる彼の首にかける。

「ありがとう。明日も会える?」
「うん。会えるよ、いつでも」

 そう自信満々に答えるから、彼はおかしそうにそっと笑んだ。
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