失くしたあなたの物語、ここにあります
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 夏休みになると、毎年必ず、鶴川にある祖父母の農園へ行く。両親が農園の手伝いをするためだ。

 自然豊かな鶴川は自宅から遠い場所にあり、志貴は夏休みのほとんどを農園で過ごしていた。

 小学校低学年の頃、農園にやってくる地元の男の子と仲良くなり、忙しい両親に代わり、彼の父親に連れられて、六坂神社へよく遊びに行った。

 六坂神社は当時の子どもたちにとって公園のような場所だった。集まってくる仲間たちと日が暮れるまで遊び尽くしたのは楽しい記憶だ。

「また来年なっ」

 そう言ってくれる友人が鶴川にできた。だから、鶴川への引っ越しが決まったときは抵抗なく受け入れられた。

 両親は友だちと離れてしまうことになって申し訳ないと謝ってくれたが、むしろ、志貴はわくわくしていた。

 それは誰にも言えないが、とある女の子との再会を楽しみにしていたからだ。名前は葵沙代子。天草農園の客である銀一さんの一人娘。

 銀一さんはよく志貴に話しかけてくれたが、沙代子ちゃんは人見知りだった。志貴が近づくと、怖がるように銀一さんの後ろに隠れてしまう女の子だった。

 出会いは、志貴が小学6年生の夏。六坂神社で友だちと鬼ごっこをしているときだった。初めて彼女と目が合ったとき、志貴はどきっとした。こんなにかわいい女の子が鶴川にいるんだって驚いたのだ。

 沙代子ちゃんはすぐに友だちと一緒に帰ってしまった。もう二度と会えないかもしれないと、少しばかりがっかりしたが、驚くことに、志貴が農園へ戻ると、彼女は銀一さんと一緒にカフェにいた。

 祖母が経営しているカフェ・アマクサでは、いろんな種類のハーブティーが楽しめる。銀一さんはカフェの常連客で、志貴とは面識があった。
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