🍞 ブレッド 🍞 ~フィレンツェとニューヨークとパンと恋と夢と未来の物語~【新編集版】
 どうしたらいいんだ……、

 部屋に戻った弦はベッドに寝転がりながら何度も同じ言葉を呟いた。
 もう既に父親には「受験を止める」と告げているので、ルチオに反対されたからといって元に戻すことはできない。
「やっぱり受験します」とは口が裂けても言えるはずがなかった。
 それに、ベーカリーの窮状を黙って見ているわけにはいかなかった。
 親しい人が困っている時に傍観するなんてできるはずがなかった。
 しかもアントニオの病状は軽いものではないのだ。
 回復が遅れれば廃業という最悪のケースも考えられるのだ。
 そんなことになったら彼らはどうなるのだろう。
 今までの蓄えで生活はなんとかできるかもしれないが、アンドレアはジュリアードを退学せざるを得なくなるだろう。
 そうなったら彼の夢は一瞬にして閉ざされてしまう。
 当然自暴自棄に陥るだろうし、それを見たアントニオは罪の意識が強くなるに違いない。
 奥さんの精神状態も普通ではなくなるだろう。

 ダメだ、ダメだ、ダメだ!

 強く首を振った。

 そんなことがあってはならない。なんとしても彼らの力にならなくてはならない。

 気合を入れて心に火を点けた。
 しかし、ルチオの厳しい表情が浮かんできた途端、その火は呆気なく消えてしまった。

 ルチオさんが受け入れてくれない限りどうしようもない……、

 大きなため息をつき、ごろんと半回転してうつ伏せになって両手で枕を抱いた。
 するとルチオの顔が、そして、アントニオ、奥さん、アンドレアの顔が瞼の裏に次々と現れた。
 しかし、いつもの優しい顔ではなかった。
 睨みつけるような目をしていた。
 それはまるで拒絶するような厳しいものだった。
 それを消そうとまた半回転すると、彼らの顔が消え、入れ替わるように大好きなあの人の顔が浮かんできた。
 名前を呼ぶと、その人は穏やかな笑みを浮かべてこっちにおいでと手を差し伸べた。
 すぐにその手を掴んだ。
 すると静かに引っ張られてどこかへ連れていかれた。
 夢の世界に入るのに時間はかからなかった。 

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