🍞 ブレッド 🍞 ~フィレンツェとニューヨークとパンと恋と夢と未来の物語~【新編集版】
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 アントニオが退院してから1か月が過ぎた。
 それは弦にとって目の回るような日々であると共に挑戦の日々でもあった。
 アントニオが作るパンと遜色のないものを焼かなければならないからだ。
 それができなければ店の評判を落としてしまう。
 そんなことになったら大変だし、偉そうなことを言った自分の面目も立たない。
 だから正に〈背水の陣〉という言葉そのものの毎日を送りながら、パン作りだけに集中していた。

 しかし、疲れ果ててベッドに入ると彼女のことが思い出された。
 それは礼を失していることを呼び覚ますものでもあった。
 イタリアから帰って2か月が経つというのにお礼の手紙を書いていないのだ。
 なんとかしなくてはいけないことはわかっていたが、いつもあくびがそれを吹き飛ばした。
 一日中立ち仕事をしている弦に手紙を書く余力は残っていなかった。
 しかも定休日には寝だめをしていたので、結局書くようにはならなかった。
 それは言い訳に過ぎないとわかっていたが、睡魔には勝てなかった。

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