このドクターに恋してる
見つめる人
 郁巳先生の車は国産の高級と言われる黒いセダンだった。前に病院から帰る姿を見かけたときの車の色は白だったけれど、買い換えたのだろうか。
 乗り心地がとてもよく、振動をあまり感じさせない車はほんのり新車の香りがした。
 車に乗ってからの郁巳先生は何も喋らなかった。
 運転の邪魔をしてはいけないと思い、私も話しかけることはしなかった。
 車は二十分ほど走り、横浜駅近くの高層マンションの地下駐車場へと入っていく。
 車を降り、キョロキョロとする私の前に郁巳先生が立った。

「エレベーター、こっち」
「はい!」

 先を歩く郁巳先生についていき、エレベーターを待った。
 地下に到着したエレベーターのドアが開くと、中から「えっ?」と驚きの声があがる。
 郁巳先生が「あ」と声を発した。

「どうして、郁巳と陽菜ちゃんが一緒にいるの?」

 中から降りてきたのは、なんと宇部先生だった。
 宇部先生は驚いていたが、私からすると宇部先生がここにいることが驚きだった。
 郁巳先生と私はエレベーターに乗るつもりだったが、宇部先生と出会ってしまったので乗らなかった。誰も乗せないエレベーターのドアが閉まる。
 郁巳先生が宇部先生の質問に答えた。

「話をするために、岩見さんに来てもらった」
「話って、おい、郁巳。どういうつもりだよ?」

 宇部先生は苛立った様子で郁巳先生の腕を掴んだ。それを郁巳先生はやんわりと振りほどいた。
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