サマーリボン − つながるきずな −

海外旅行の準備

翌週。
パスポートの写真を撮るために駅前の証明写真機に並んだ。
機械の中で「笑わないでください」って言われたけど、口元がぴくぴくして、結局ちょっと変な顔になっちゃった。

その帰り道、葵兄がふいに聞いてきた。
「……茜はさ、伊代に会うの楽しみ?」
「え? もちろん!」
「……そっか」
それだけ言って、兄は前を向いた。
その横顔が、なんとなくいつもより大人びて見えた。
——もしかして葵兄、伊代さんと会うの、少し緊張してるのかな。

夜、スーツケースの中身を確認し終えたあと、机の上に便せんを広げた。
英語はまだちゃんと書けないから、日本語で——でも、ちょっとだけ英単語も混ぜてみる。
Dear IYO,
はじめまして。わたしは茜です。
あなたの妹になります。(Sisterっていうんだよね?)
もうすぐイギリスに行きます。飛行機で12時間もかかるって聞いて、ちょっとびっくりしました。

わたしは、あなたのことを小さい頃から知っていたわけじゃありません。
でも、お母さんとお父さんから話を聞いて、「会ってみたい!」ってすぐに思いました。
どんな声なのかな? どんな笑い方をするのかな?
それを考えると、夜でも目がさえちゃいます。

向こうに行ったら、たくさんおしゃべりしたいです。
日本のお菓子も持っていくから、楽しみにしていてください。

See you soon!
茜より

便せんを封筒に入れて、お母さんに手渡した。
「これ、送っておいてね」
母は受け取って、少し驚いたように笑った。
「ふふ……きっと喜ぶわよ」

窓の外では、夏の夜の風が少しだけ涼しく吹いていた。
遠いイギリスまで、この気持ちが届きますように——。

出発の二日前。
郵便受けを開けた母が、小さな封筒を手にして戻ってきた。
「茜、これ……イギリスからだよ」

え? イギリス?
差出人を見ると、そこには——“Stella Stewart” の名前。
心臓が一気に早くなる。

急いで自分の部屋に駆け込んで、封を切った。
便せんには、きれいな丸い字で、英語と日本語がまじっている。



Dear Akane,

お手紙、ありがとう。
久しぶりに日本語を書くので間違っていたらごめんね!
私のことを“お姉ちゃん”って呼んでくれて、とても嬉しかったです。
私は小さい頃から日本に家族がいることを知っていました。
でも、イギリスに来てから写真でしか会えなくて……だから、あなたの言葉を読んで少し泣きました。

私は英語ばかり話してきたので、日本語はあまり上手じゃないけれど、
あなたといっぱい話せるように、少しずつ練習しています。

葵と咲は元気ですか? 
何年も会っていないから忘れられてしまっているかもだけど、二人にもよろしく伝えてくださいね。

日本のお菓子、楽しみにしています。
私からもイギリスのお菓子をプレゼントします。
It will be fun!

See you soon.
あなたの姉、ステラ(伊代)より



読み終わるころには、胸の奥がじんわり熱くなっていた。
——もうすぐ、本当に会えるんだ。

その夜、スーツケースの準備をしながら、何度もこの手紙を読み返した。
イギリス行きの飛行機まで、あと48時間。
時間が経つのが、もどかしいくらい遅く感じた。

ふと横を見ると、葵兄も部屋でスマホをいじっている。
「……あ、寝ないの?」
「いや、ちょっと調べ物」
その声はいつも通り冷静で、でも少しだけ、手紙を見た私と同じくらいドキドキしているように感じた。

(葵兄も緊張してるのかな……?)

出発当日。
成田空港は人とスーツケースと外国語でごちゃごちゃしていて、ちょっとしたテーマパークみたいだった。
「これが国際線かぁ……」と感動していると、父がチケットを配ってくれる。
「はい、これが茜の。なくすなよ」
「わかってるって!」

搭乗ゲートをくぐる直前、母が私と咲姉の肩をぽんと叩いた。
「いい? 今日はただの旅行じゃないの。家族をつなぐ旅なんだから」

その言葉に、胸の奥がじんわり温かくなった。
そうだ、この旅のゴールは——私たちの“もうひとりの家族”に会うことなんだ。
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