一途な皇帝陛下の秘恋〜初心な踊り子を所望する〜

皇帝陛下の束の間の休日

結局その後、雨は強みを増し出発は延期になる。

「どこか出かけるにもこの雨ではな…。」
晴明が窓の外を見て嘆く。

せっかく束の間に得た自由な時間、都に帰ればまた大仕事が待っている。香蘭と一緒にのんびり出来るのは今しかない気がしているから、憂鬱そうに空を見上げる。

2人だけで出かけられる場所はないものか…。

この大切な時間を忘れられない時間にしたいと思うのだが…。

「陛下、良い場所を見つけました。」
サッと何処からか声がして振り返ると、そこにまた虎鉄が立っていた。

「気配を消して背後に立つな…。間違えて切るところだ。」
晴明の妙に冷静な態度が少し怖い。

「申し訳ございません。距離感を図り間違えました。」
どこまでも忠実な臣下である虎鉄は、片膝を付き首を垂れる。

「ところで、どこだ?」

「この宿の近くに一見変わった蒸風呂があるそうです。疲れを癒すには持ってこいな場所ではないでしょうか?」

「蒸し風呂…悪くない。」
そう言って、晴明は長椅子に座り何やら縫い物をしている香蘭に話して聞かせる。

「蒸し、風呂ですか…?」

世間を知らずに一座という籠の中で育った香蘭には、蒸し風呂がどんなものなのか全くもって分からなず、首を傾け不安そうな目線を側で見守る寧々に向ける。  

「蒸し風呂というのは、早く言えば蒸気を身体に当てて温まるお風呂の事です。」

「えっ!!お風呂ですか!?」
驚く香蘭の反応が可愛くて、晴明はフッと軽く笑顔を見せる。

「こちらの蒸し風呂は天然でして、洞窟の中に湧き出る地熱からの熱を使った珍しい蒸し風呂です。なんでも痛みや傷に効くらしいです。」

ちょっと待って…?
みんな普通に言ってるけれどお風呂となると、裸で入るの!?みんなで?一緒に⁉︎
そんなの無理よ…恥ずかし過ぎる…

大衆浴場の仕組みを何も知らない香蘭は、1人脳内で狼狽してしまう。

その様子を見て寧々が問う。
「もしかして…姐様は大衆浴場に入った事、無いのですか?」

「えっ?普通はみんな入った事があるの⁉︎」
不安気な顔で香蘭が聞く。

「我が家は子供の頃は家に風呂などなかったので…。陛下は…?」

「俺は遠征で何度か露天風呂に入った。夜空を見ながらの風呂は格別だ。今回は洞窟だが、それはそれで面白そうだ。」
晴明は既に行く気満々だ。

「姐様もしかして…裸で入ると思っていませんか?」
配慮したのか、寧々が小声で耳元でそう聞いてくる。

「違うの…?」
つられて香蘭も小さな声で聞いてみる。

「もちろん沐着を来ますよ。裸でなんて入りませんから。」
女子2人のこそこそ話しを、面白く無さそうに晴明は見つめている。

「そうなの…⁉︎良かった…。」
あからさまにホッとしている香蘭の顔に、晴明は不服そうだ。

「何を2人でこそこそしているのだ?」
不機嫌そうな顔で、香蘭の手を取りぎゅっと引き寄せるから、危うく晴明に抱きついてしまいそうになる。

「せ、晴明様…!
あの、お、お出かけならば支度を整えねばと、話していただけですから…。」
慌てて空いている片手を晴明の胸に手をついて、なんとか制止する。

この距離は近い、近過ぎる…

香蘭はそう思うとドギマギしてバタバタして、心臓がけたたましく動き出す。
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