一途な皇帝陛下の秘恋〜初心な踊り子を所望する〜
それから三年…
少しでも目が合えば…それだけで嬉しくて、
いつか彼女と話が出来たら…近くでその笑顔が見れたら…

許されるのなら、少しでも触れ合えたら…どんなに幸せか。

晴明はそんな一方的な思いを抱え、ついにその日を迎える。

後一年で彼女が引退する事は十も承知の上だった。
その後、出来れば彼女を身請けしたいと密かに思っていたのだけれど…。

この厄介な身分の自分の人生に、そう易々彼女を巻き込む事は出来ないと…
彼女の幸せを思うなら自由に生きて欲しいと…。

今宵も結局…いつものようにただ見守るだけで満足するべきだと、自分自身を言い包める。

そんな決心を揺るがす事態になろうとは、この時の晴明には思うすべも無かった。

舞台が開き心踊る中、会場の最前列に不審な男を見つける。

明らかに他の客とは違う不穏な目線はキョロキョロと落ち着きが無く、何故か鈴蘭だけを追っていて事に気付き、得たいの知れない恐怖を感じた。

晴明の心はいつになく騒つく。

もしも、彼女に危害が加えられたら…そう思うだけで背筋が凍り付く。

そう思った瞬間…
ついに持っている権力を発揮する。

まずは彼女自身に注意を促さなければ、何かあってからでは遅いと気持ちが早る。

「若様!お待ち下さい。貴方が自ら行くのは大変危険な行為です。自分が、代わりに髪結師に変装して伝えて来ます。」

慌てて飛び出て来たのは、影ながら陛下を守る隠密部隊の隊長、高虎鉄(こうこうてつ)だ。彼は寧々の兄でもある。

また、俺が幼い頃からずっと仕えている家臣の1人だ。

「駄目だ。彼女に触れる事は誰だって許さない。
それに、その熊のような手で女子の髪が結えるのか?」
そう、晴明に直ぐに指摘される。

確かに…女性の髪なんて結った事など無いが、陛下の御身を守るのが虎徹の使命なのだから、折れる訳にはいかないのだ。

「しかし、陛下を1人で乗り込ませる訳には…。」
そう家臣達が懸念しているのにも関わらず、誰も止められない勢いで、晴明はサッサと髪結師の衣装に着替えてしまう。

昔から晴明は少々無鉄砲なところがあり、こうと決めたらテコでも動かない強い意思を持つ男だった。ここ数年、特に皇帝に即位してからそのなりを潜めていた。

それだからか、立場を自覚して無茶な事はしないと、ここにいる誰しもがたかを括っていた。

やはり、彼は変わらず彼なのだ。

その身分を顧みない無鉄砲な所が、他人を惹きつけ止まない彼の魅力の一つなのだが…
今、ここでそれを発揮されなくてもと、腹臣である李生は頭を抱える。

はぁーと深いため息を吐いて李生が話し出す。

「仕方がない。陛下が無鉄砲な事は昔からお変わりないのだ。我々は外から陛下をお守りするしかあるまい。中には寧々がいる。いざとなったら彼女が陛下を守るだろう。」

「俺はそんなに弱くは無いぞ。自分の身ぐらい己で守れる。」
晴明は李生に侮辱の念を向けながらそう言い残し、サッサと行ってしまわれた。

彼が弱いとは誰も思ってはいない。
前の内乱で自ら命を顧みず、先頭を切り込む度胸もあるし、武術だって虎徹と競るぐらいの実力者だ。

それに、剣にかけては彼の右に出る者はまずいない。

だが、彼はこの国を担う皇帝なのだ。もっと自覚を持つべきだ。1人の女子ごときにその大切な命を張るべきでは無い。

虎徹は慌てて部下に後を追わせ、天井裏に隠れさせた。しかし、簡易的な作りの掘建て小屋だ。壊れ易く脆そうでいささか心配ではある。

こうして一悶着あったが、仕方なく陛下の意志に従い虎徹率いる隠密部隊はまた、サッと引いて何処に身を隠した。

李生は仕方なく、部下2人と共に元いた舞台隅の観客席に戻ったのだった。
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