一途な皇帝陛下の秘恋〜初心な踊り子を所望する〜
「今年の収穫祭も必ず行くから、どんなに公務が忙しくてもその日だけは開けといてくれ。」

良く響く低い声で晴明は、ここ1ヶ月前から口癖のように側近に言い続けていた。

皇帝になってから3年。
我儘も愚痴の一つさえ言わず、皆が求める皇帝を演じているのだと、晴明自身が豪語している。

だからこそ、唯一無二のこの願いだけは譲れないのだと、強い意思が感じられる。

「陛下…そう何度も言わずとも分かっております。既に手配済みですからご安心下さい。
それよりも…地方からの書類の確認が滞ってます。どうぞお手を動かして下さいませ。」

政務補佐官であり、晴明の竹馬の友でもある側近の李生が今日もため息を吐く。

皇帝陛下としての晴明は申し分無く、誰もが認めるその判断力と絶対的なカリスマ性は舌を巻くほどだ。
ついでに言えば整ったその顔立ちは見目も良く、老若男女問わず人々を惹きつけて止まない。

同じ男であっても惚れ惚れする程の男なのに…

なぜ、恋愛に関してはこんなにもポンコツなのか…

即位してまもない3年前、政務に明け暮れ忙しく疲弊した毎日を送っていた晴明は、確かに心の拠り所も無く、周りは敵だらけで、気を抜けば足元をすくわれるような毎日だった。

そこで少しばかりの休息をと、確か李生自身が提案したのだ。

都で1番大きな寺の収穫祭に、お忍びで参加した彼はその日運命的な出会いをした。

それはただ、一方的で切ない片想いだ。

年の功なら15、6…あどけなさを残しながらも、少し大人びた微笑みに、晴明は瞬きも忘れて見入ってしまっていた。

綺麗な真っ直ぐに伸びた黒髪に…。
澄んだ大きなその瞳に…。

煌びやかな舞台には、同じような衣装を身にまとった数人の踊り子もいたはずなのに、晴明の目には彼女しか映らなかった。

今思い出しても、この時の事は忘れるはずが無い。

色褪せたモノトーンだった景色の中に、彼女だけが眩しいくらい鮮明に色を成し浮かんで見えたのだ。

その一挙手一投足に息を呑み、心が乱れた。

こんな事、今まで一度だってなかった。

王位継承の儀式でさえも乱れなかった心の鼓動が、たった1人の少女にだけ動いたのだ。

その日から晴明にとって、鈴蘭と言う踊り子は特別な大切な存在になった。

その権力を使えば、話しかける事も呼び出す事さえ容易に出来たのに、彼女の事を慮(おもんばか)り過ぎたせいで、存在を教える事さえ出来ぬまま、花束だけを託してその場を後にした。
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