一途な皇帝陛下の秘恋〜初心な踊り子を所望する〜
一瞬の事のようで…長い時間だったのか…感覚さえも分からなくなった頃、急に風の音が止み、はぁーはぁーと男の息遣いだけを耳にする。
「…ここまで、これば…大丈夫だ…。」
そう、男の声が聞こえて来て、そっと地面に降ろされる。
私は足に力が入らず、グラリと地面に座り込みそうになる。それを男は寸でのところで抱き止めて、地面に片膝を着いた格好になりながら受け止めてくれた。
「ご、ごめんなさい…足に力が入らなくて…。」
慌てて謝り、男の逞しい腕から逃げようと今度は尻餅をつく。
「申し訳ない、大丈夫か!?」
男はそんな無様な私に臆する事なくまた抱き上げて、近くの木の根にそっと下ろしてくれる。
まだ、息を肩でしているその男を、そっと伺い見る。
ああ、やはり先程の髪結師だ…
重たかっただろうに…私なんかの為に…こんなにも息を切らせて、その場を逃れる為に走ってくれたのだ。
「あの…助けて頂き…ありがとうございました。」
懐から布巾を取り出して、男の額に流れる汗を拭こうと手を伸ばす。
「ああ…ありがとう。
そなたが無事で良かった。…どこか怪我はしていないか?」
男は布巾を受け取り素早く拭い、私の足元にしゃがみ込み怪我が無いかと探し始める。
不意に私の足首に触れてくるから、身構える事も出来ず、
「…痛っ…」
と思わず声が漏れる。
「やはり…足首を捻ったか。」
男は唐突に私の履物を脱がそうとする。
すると、いつから居たのか、何処から来たのか数人の男達がわらわらと近付いて来て、一緒に私の足の様子を覗き込んで来る。
今まで彼が1人で走っていたのだと思い込んでいた…。
それなのに、これほどの男達が一緒に走っていたのかと、今更ながら気付いて唖然とする。
「ああ…この者達は味方だから安心してくれ。
お前ら近い…もっと下がれ!」
その一言でわらわらと群がっていた男達が、サッと身を遠退ける。
この人は何者だろう…?
ただの髪結師には到底思えない…。
私は釘いるように目の前の男を見つめる。
「驚かせただろうか…申し訳ない。
舞台のかがり火が倒れて火事になりかけていた。咄嗟に抱き上げ逃げたが…追手が他にもいたようだ。」
そう言いながら男は私の履物を脱がせ、足袋にまで手をかけるから、
「だ、大丈夫です…。」
と、慌てて断り足を隠す。
「…腫れるといけない。早めに冷やした方がいい。」
手当が出来ずに不服そうな顔を向けられる。
「若…歌姫様が怯えていらっしゃいます。少し距離をわきまえて下さい。」
ゴホンっとわざとらしく咳をして、側に立っていた男が頭巾を取る。
そこで目の前の男も立ち上がり、頭巾を外し初めて顔を見せる。
月明かりの下、初めて見せたその素顔は、端正で凛々しくてあまりにも綺麗だったから…思わず見惚れてしまう。
殿方を綺麗と表現するのは、いささか間違っているのだろうか…?
切れ長の目は吸い込まれそうなほど綺麗に澄んでいる。スーッと通った鼻筋に、引き締まった薄い唇。どこを取ってもまるで絵巻物から飛び出して来たように、整った顔立ちをしていた。
私の目線に気付いたのか男は私の横に腰を下ろし、少しの間の後、話し出す。
「俺は、晴明と申す。…しがないただの役人だ。
実は…前からそなたのファンで毎年欠かさず、この収穫祭に足を運んでいた。」
「…お役人様、ですか…?」
私は周りを見渡して、この体躯の良い人達も同じお役人なのかと思い首を傾げる。
「護衛か…何か、警備部門の方達ですか?」
ふと思った事を聞いてみる。
「…まぁ、そのような、者だ…。」
若干、歯切れが悪い返事が帰ってくるが、お役所仕事は秘密も多いだろうから、余り追求されても困るだろうとその場を読む。
「…もしかして、毎年スズランの花束を下さる方…ですか?」
髪を結ってもらっていた時から、ずっと気になっていた事を今始めて口にする。
髪に挿してくれたスズランを一つ取って彼に見せる。
「あ、ああ…。決して名乗るつもりはなかったのだが…。
舞台の中盤で怪しい動きの男を見つけた。杞憂で終われば良いと思ったが…そなたに何があってはと…咄嗟に髪結師に代わって貰ったのだ。」
晴明様は若干恥ずかしそうに、前髪を片手で掻き分け目を泳がす。
「そう…だったのですね。それにしても…編み込みがとてもお上手でした。」
髪結師でも無いのに、男性がこんなにも上手に髪を編めるのだろうかと、自分の髪を手に取り見つめる。
「ああ、縄編みぐらいは簡単に出来る。」
「な、縄編み…ですか…?」
驚く私の向こう側で、ゴホンっと横に立っていた男がまた、わざとらしく咳払いする。
「…気を、悪くしたなら申し訳ない。」
それに反応したかのように、晴明様は素直にそう謝って来るから、
「いいえ…大丈夫です。」
少しかわいいなと不覚にも思ってしまい、ついクスッと笑ってしまう。
そんな私を見て急に固まってしまった彼に、どうしたのかと顔を向けると目線が合って、少しの間、時が止まったかのように見つめられる。
「あの…?」
どうしたのかと心配になって声をかけと、
「いや…笑顔が、可愛いな…と、見惚れていた。」
そんな事…今まで言われた事など無かった。
それどころか、異性とこんなにも長く離した事など一度もない。
急にバクバクと心拍が上がり赤面してしまう。慌てて目線をずらし俯く。
「…ここまで、これば…大丈夫だ…。」
そう、男の声が聞こえて来て、そっと地面に降ろされる。
私は足に力が入らず、グラリと地面に座り込みそうになる。それを男は寸でのところで抱き止めて、地面に片膝を着いた格好になりながら受け止めてくれた。
「ご、ごめんなさい…足に力が入らなくて…。」
慌てて謝り、男の逞しい腕から逃げようと今度は尻餅をつく。
「申し訳ない、大丈夫か!?」
男はそんな無様な私に臆する事なくまた抱き上げて、近くの木の根にそっと下ろしてくれる。
まだ、息を肩でしているその男を、そっと伺い見る。
ああ、やはり先程の髪結師だ…
重たかっただろうに…私なんかの為に…こんなにも息を切らせて、その場を逃れる為に走ってくれたのだ。
「あの…助けて頂き…ありがとうございました。」
懐から布巾を取り出して、男の額に流れる汗を拭こうと手を伸ばす。
「ああ…ありがとう。
そなたが無事で良かった。…どこか怪我はしていないか?」
男は布巾を受け取り素早く拭い、私の足元にしゃがみ込み怪我が無いかと探し始める。
不意に私の足首に触れてくるから、身構える事も出来ず、
「…痛っ…」
と思わず声が漏れる。
「やはり…足首を捻ったか。」
男は唐突に私の履物を脱がそうとする。
すると、いつから居たのか、何処から来たのか数人の男達がわらわらと近付いて来て、一緒に私の足の様子を覗き込んで来る。
今まで彼が1人で走っていたのだと思い込んでいた…。
それなのに、これほどの男達が一緒に走っていたのかと、今更ながら気付いて唖然とする。
「ああ…この者達は味方だから安心してくれ。
お前ら近い…もっと下がれ!」
その一言でわらわらと群がっていた男達が、サッと身を遠退ける。
この人は何者だろう…?
ただの髪結師には到底思えない…。
私は釘いるように目の前の男を見つめる。
「驚かせただろうか…申し訳ない。
舞台のかがり火が倒れて火事になりかけていた。咄嗟に抱き上げ逃げたが…追手が他にもいたようだ。」
そう言いながら男は私の履物を脱がせ、足袋にまで手をかけるから、
「だ、大丈夫です…。」
と、慌てて断り足を隠す。
「…腫れるといけない。早めに冷やした方がいい。」
手当が出来ずに不服そうな顔を向けられる。
「若…歌姫様が怯えていらっしゃいます。少し距離をわきまえて下さい。」
ゴホンっとわざとらしく咳をして、側に立っていた男が頭巾を取る。
そこで目の前の男も立ち上がり、頭巾を外し初めて顔を見せる。
月明かりの下、初めて見せたその素顔は、端正で凛々しくてあまりにも綺麗だったから…思わず見惚れてしまう。
殿方を綺麗と表現するのは、いささか間違っているのだろうか…?
切れ長の目は吸い込まれそうなほど綺麗に澄んでいる。スーッと通った鼻筋に、引き締まった薄い唇。どこを取ってもまるで絵巻物から飛び出して来たように、整った顔立ちをしていた。
私の目線に気付いたのか男は私の横に腰を下ろし、少しの間の後、話し出す。
「俺は、晴明と申す。…しがないただの役人だ。
実は…前からそなたのファンで毎年欠かさず、この収穫祭に足を運んでいた。」
「…お役人様、ですか…?」
私は周りを見渡して、この体躯の良い人達も同じお役人なのかと思い首を傾げる。
「護衛か…何か、警備部門の方達ですか?」
ふと思った事を聞いてみる。
「…まぁ、そのような、者だ…。」
若干、歯切れが悪い返事が帰ってくるが、お役所仕事は秘密も多いだろうから、余り追求されても困るだろうとその場を読む。
「…もしかして、毎年スズランの花束を下さる方…ですか?」
髪を結ってもらっていた時から、ずっと気になっていた事を今始めて口にする。
髪に挿してくれたスズランを一つ取って彼に見せる。
「あ、ああ…。決して名乗るつもりはなかったのだが…。
舞台の中盤で怪しい動きの男を見つけた。杞憂で終われば良いと思ったが…そなたに何があってはと…咄嗟に髪結師に代わって貰ったのだ。」
晴明様は若干恥ずかしそうに、前髪を片手で掻き分け目を泳がす。
「そう…だったのですね。それにしても…編み込みがとてもお上手でした。」
髪結師でも無いのに、男性がこんなにも上手に髪を編めるのだろうかと、自分の髪を手に取り見つめる。
「ああ、縄編みぐらいは簡単に出来る。」
「な、縄編み…ですか…?」
驚く私の向こう側で、ゴホンっと横に立っていた男がまた、わざとらしく咳払いする。
「…気を、悪くしたなら申し訳ない。」
それに反応したかのように、晴明様は素直にそう謝って来るから、
「いいえ…大丈夫です。」
少しかわいいなと不覚にも思ってしまい、ついクスッと笑ってしまう。
そんな私を見て急に固まってしまった彼に、どうしたのかと顔を向けると目線が合って、少しの間、時が止まったかのように見つめられる。
「あの…?」
どうしたのかと心配になって声をかけと、
「いや…笑顔が、可愛いな…と、見惚れていた。」
そんな事…今まで言われた事など無かった。
それどころか、異性とこんなにも長く離した事など一度もない。
急にバクバクと心拍が上がり赤面してしまう。慌てて目線をずらし俯く。