魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
ベルンハルトの勇気
「アルベルト。私は何か間違っているのだろうか」
窓の外に夜の景色が広がり、一日分の仕事をやり終えようと、執務室の椅子に座ったベルンハルトは、夜の準備をし始めたアルベルトに向かってそう声を掛けた。
「はい? 食糧の配分は問題なかったと思いますが。どこか足りていませんか?」
執務机の上には、相変わらず書類が積み上げられ、その上から顔だけを覗かせるベルンハルトに、アルベルトは問いを返す。
「いや、食糧ではなくて」
「それでは何のことです? 討伐も無事に終えました。父上からのお叱りも奥様のおかげで軽く済みましたし」
「そ、そのことだ」
「そのこと? 父上のことですか? 叱られたことに問題が?」
「ヘルムートではなくて……」
「父上ではなくて?」
「リ、リーゼロッテのことだ」
「奥様がいかがされました?」
普段の察しの良さはどこへいったのか。アルベルトの態度は故意ではないかと、ベルンハルトは苛立ちを覚え始める。
「態度が、変だとは思わぬか?」
「そうでしょうか? 私は特に何も思いませんが」
「そんな馬鹿な! あれほど毎日私を誘ってくれていたのに、近頃は一日置き。今日がこのまま過ぎてしまえば、二日開くことになる」
討伐から戻って、話をすべきことはできたつもりでいた。
ヘルムートからも、ヘルムートが伝えるべきことは伝え終えたと報告をもらった。
それなのに、リーゼロッテの様子が明らかにおかしいのだ。体調が優れないのかと思っても、一番親しいはずのヘルムートからはそんな報告は上がってこず。
それどころかヘルムートとは談笑してるのを見かけた。
「誘われないことが変だと?」
「あぁ」
「愛想を尽かされたのではないですか?」
そう答えるアルベルトの顔は、わかっていたことだとでも言いたげに呆れ返っている。
「あいそ……」
「以前もお話ししましたが、いつまで経っても振り向いてくれない相手のことを、どうして想い続けられるのでしょうか?」
「だが……」
「はい。離婚はできませんよ。ですが人の心はわからぬと、そうお伝えしました。それに、問題なのはレティシア様だと思いますよ」
「レティシアが?」
「ベルンハルト様、レティシア様のことを奥様に何とお伝えしたのですか?」
「世話に、なってる相手だと」
「それだけですか?」
「城に滞在するのも、すぐに飽きるだろうと」
「レティシア様が飽きるのを待てということですか?」
「ま、まぁ、そういうことだ」
それの何が問題なのか。レティシアを力尽くで追い出すよりも、その方が簡単だと、ただそれだけだった。
「奥様に相談もなく、レティシア様の希望を優先させたということですね」
「そういうわけでは」
「レティシア様は龍でいらっしゃいますが、あの様に若い女性の姿に見えます。その方の希望を優先させるというのは、あまり良い判断だとは思えませんね」
「そうなのか?!」
「しかもレティシア様はあのお力でどこへでも行かれています。奥様は、肩身の狭い思いをされていらっしゃるのではないでしょうか」
「それでは、どうすれば……」
アルベルトの話は、ベルンハルトにとって思いもよらない内容だった。
レティシアがいることで、リーゼロッテがそんな風に思うなんて、想像もしていなかった。
リーゼロッテがそのように思うぐらいなら、レティシアを追い出せば良かった。どう思われようとも、次の冬協力が得られなくなろうとも、優先すべきはリーゼロッテだったのに。
「今度は、ベルンハルト様がお誘いになればよろしいのではないでしょうか?」
「私が? 誘う?」
「えぇ。食事でもお茶でも構いませんよ。必要であればそう仰ってください。すぐにご用意いたします」
今更食事に? あれほど何度も断っておきながら、そんなことできるはずもない。
だが、このままでは本当に愛想を尽かされるのでは。リーゼロッテから向けられる好意に甘えて、夫婦という関係に胡座をかいて、何の努力もしていない。
手に入れたことに安心して、隣に座ったことに満足して、見つめるだけでは何も伝わらないとアルベルトに何度言われても、現実になるまで想像もしなかった。
「食事やお茶は、少し待って欲しい」
「かしこまりました」
これまであざを理由に人付き合いを避けてきたが、それがこの様な形で返ってくるとは。どうすれば人に喜んでもらえるのか。何をすれば人が悲しむのか。
ベルンハルトには、それがわからなかった。
「ベルンハルト。最近はどう? 王女様と仲良くしてる?」
「レティシア。其方、いつになったら山へ帰るのだ」
「あら、ずいぶんねぇ」
「もう、城での暮らしにも飽きただろ? そろそろ帰ってくれないか」
レティシアが城に居座り始めてから既に数週間。間もなく雪の降る日々も終わりを告げるだろう。
それにもかかわらず、未だに帰る気配のないレティシアの態度を、ベルンハルトも苦々しく思い始めていた。
もしかしたら、レティシアが居ることでリーゼロッテに嫌な思いをさせているのではないかと、そう考え始めてからは、やたらとその態度が目につく。
自分がレティシアを受け入れてしまったことがそもそもの原因かもしれないが、先ずはレティシアを山へ帰さなければ、何を言ってもリーゼロッテの心には届かないだろう。
窓の外に夜の景色が広がり、一日分の仕事をやり終えようと、執務室の椅子に座ったベルンハルトは、夜の準備をし始めたアルベルトに向かってそう声を掛けた。
「はい? 食糧の配分は問題なかったと思いますが。どこか足りていませんか?」
執務机の上には、相変わらず書類が積み上げられ、その上から顔だけを覗かせるベルンハルトに、アルベルトは問いを返す。
「いや、食糧ではなくて」
「それでは何のことです? 討伐も無事に終えました。父上からのお叱りも奥様のおかげで軽く済みましたし」
「そ、そのことだ」
「そのこと? 父上のことですか? 叱られたことに問題が?」
「ヘルムートではなくて……」
「父上ではなくて?」
「リ、リーゼロッテのことだ」
「奥様がいかがされました?」
普段の察しの良さはどこへいったのか。アルベルトの態度は故意ではないかと、ベルンハルトは苛立ちを覚え始める。
「態度が、変だとは思わぬか?」
「そうでしょうか? 私は特に何も思いませんが」
「そんな馬鹿な! あれほど毎日私を誘ってくれていたのに、近頃は一日置き。今日がこのまま過ぎてしまえば、二日開くことになる」
討伐から戻って、話をすべきことはできたつもりでいた。
ヘルムートからも、ヘルムートが伝えるべきことは伝え終えたと報告をもらった。
それなのに、リーゼロッテの様子が明らかにおかしいのだ。体調が優れないのかと思っても、一番親しいはずのヘルムートからはそんな報告は上がってこず。
それどころかヘルムートとは談笑してるのを見かけた。
「誘われないことが変だと?」
「あぁ」
「愛想を尽かされたのではないですか?」
そう答えるアルベルトの顔は、わかっていたことだとでも言いたげに呆れ返っている。
「あいそ……」
「以前もお話ししましたが、いつまで経っても振り向いてくれない相手のことを、どうして想い続けられるのでしょうか?」
「だが……」
「はい。離婚はできませんよ。ですが人の心はわからぬと、そうお伝えしました。それに、問題なのはレティシア様だと思いますよ」
「レティシアが?」
「ベルンハルト様、レティシア様のことを奥様に何とお伝えしたのですか?」
「世話に、なってる相手だと」
「それだけですか?」
「城に滞在するのも、すぐに飽きるだろうと」
「レティシア様が飽きるのを待てということですか?」
「ま、まぁ、そういうことだ」
それの何が問題なのか。レティシアを力尽くで追い出すよりも、その方が簡単だと、ただそれだけだった。
「奥様に相談もなく、レティシア様の希望を優先させたということですね」
「そういうわけでは」
「レティシア様は龍でいらっしゃいますが、あの様に若い女性の姿に見えます。その方の希望を優先させるというのは、あまり良い判断だとは思えませんね」
「そうなのか?!」
「しかもレティシア様はあのお力でどこへでも行かれています。奥様は、肩身の狭い思いをされていらっしゃるのではないでしょうか」
「それでは、どうすれば……」
アルベルトの話は、ベルンハルトにとって思いもよらない内容だった。
レティシアがいることで、リーゼロッテがそんな風に思うなんて、想像もしていなかった。
リーゼロッテがそのように思うぐらいなら、レティシアを追い出せば良かった。どう思われようとも、次の冬協力が得られなくなろうとも、優先すべきはリーゼロッテだったのに。
「今度は、ベルンハルト様がお誘いになればよろしいのではないでしょうか?」
「私が? 誘う?」
「えぇ。食事でもお茶でも構いませんよ。必要であればそう仰ってください。すぐにご用意いたします」
今更食事に? あれほど何度も断っておきながら、そんなことできるはずもない。
だが、このままでは本当に愛想を尽かされるのでは。リーゼロッテから向けられる好意に甘えて、夫婦という関係に胡座をかいて、何の努力もしていない。
手に入れたことに安心して、隣に座ったことに満足して、見つめるだけでは何も伝わらないとアルベルトに何度言われても、現実になるまで想像もしなかった。
「食事やお茶は、少し待って欲しい」
「かしこまりました」
これまであざを理由に人付き合いを避けてきたが、それがこの様な形で返ってくるとは。どうすれば人に喜んでもらえるのか。何をすれば人が悲しむのか。
ベルンハルトには、それがわからなかった。
「ベルンハルト。最近はどう? 王女様と仲良くしてる?」
「レティシア。其方、いつになったら山へ帰るのだ」
「あら、ずいぶんねぇ」
「もう、城での暮らしにも飽きただろ? そろそろ帰ってくれないか」
レティシアが城に居座り始めてから既に数週間。間もなく雪の降る日々も終わりを告げるだろう。
それにもかかわらず、未だに帰る気配のないレティシアの態度を、ベルンハルトも苦々しく思い始めていた。
もしかしたら、レティシアが居ることでリーゼロッテに嫌な思いをさせているのではないかと、そう考え始めてからは、やたらとその態度が目につく。
自分がレティシアを受け入れてしまったことがそもそもの原因かもしれないが、先ずはレティシアを山へ帰さなければ、何を言ってもリーゼロッテの心には届かないだろう。