魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
「リーゼロッテ、これを貴女に」

 ロイスナーに帰ってくるなり、ベルンハルトは何よりも先にリーゼロッテの私室に出向くことを告げた。
 いつものように、リーゼロッテの部屋のソファに二人で並んで座り、落ち着かない様子でベルンハルトが口を開く。
 独りであの王都へ向かってでも果たしたかったこと。アルベルトから向けられる揶揄いの視線を、背中に痛いぐらいに感じながら選びぬいた。

「それは?」

「お守りだそうだ」

 ベルンハルトの掌に乗せられた、小さなネックレス。その先端では加工された魔力石が淡い光を放っていた。

「お守り……ですか?」

「あぁ。守護の魔法をかけておいた。少しでも貴女の身に危険が及ばない様に」

 ベルンハルトが王都の市場で見かけたネックレスは、貴族が自分の子供に与える様なもの。
 貴族の中でも上位に属する者たちは護衛をつけるだろうから、これを必要とするのは貴族の中でも下位の者たち。
 王城へと招いた商人ではなく、市場の片隅で売られていたようなものだが、その使い方も、華美過ぎない見た目も、リーゼロッテにはよく似合うと思った。

「ありがとうございます。付けて、いただけますか?」

 そう言って頭を下げるリーゼロッテの首へと、そのネックレスをかけようとするが、どうにも手が震えて上手くいかない。
 ぐっと息を止め、手元に集中すれば、思わず目にも力が入り、リーゼロッテの伏せた目元にかかる長いまつげが煽情的に見える。
 長いまつげ、すっと通った鼻筋、紅く染まった唇、そして白くきめの整った肌。そのどれもがベルンハルトを惹き付け、顔が熱くなる。仮面では隠すことも叶わないほど、頬は赤くなっているだろう。

「こ、これでいい」

「ありがとうございます」

 首元へと回していた手が離れれば、リーゼロッテがベルンハルトへと視線を合わせ、微笑んだ。
 その顔を直視できず、つい顔を背けてしまう。
 自分のそうした態度の度に、リーゼロッテの顔が曇ってしまうのもわかっている。
 わかってはいても、赤くなった頬を見られる羞恥心に、リーゼロッテの顔を直視する気恥ずかしさに、顔を逸らさずにはいられない。

(こうして、また彼女を傷つけているというのに)

「このように素敵なもの、本当にわたくしがいただいてよろしいのですか?」

 ベルンハルトの態度も難なく受け止め、リーゼロッテはすぐに次の会話を始めてくれる。
 特定の人物以外との会話を極端に避けてきたベルンハルトは、会話を繋げていくことが得意ではない。
 それを知ってか知らずか、次々と言葉を投げかけてくれるリーゼロッテに、ベルンハルトは心から感謝していた。

「あ、貴女のために、よ、用意したものだ」

「まぁ。これまでいただいたどんな贈りものよりも嬉しいです。大切に、致しますね」

 リーゼロッテからの気遣いの言葉に、心が湧き立ち、思わず目が泳ぐ。
 リーゼロッテは王女だ。いくら周りから顧みられることのない生活を送っていたとしても、贈りものは嫌というほど受け取っているだろう。
 そのどれよりも嬉しいなど、お世辞だとわかっていても、嬉しく思う。

「それにしても、少し変わった色をしているんですね。これは、魔力石でしょうか?」

 リーゼロッテがネックレスの先端に付いた石を手にしながら、そんな疑問を口にする。
 市場の片隅で売られていたそれは、リーゼロッテが目にしたこともないぐらいの安物だろう。
 魔力石をいくつも持って買いに行ったというのに、結局手に入れてきたものはたった一つ。
 それ以外のものはどれを見てもリーゼロッテに似合うとは思えず、装飾品を見慣れることのない自分の生活に、情けなさを覚えたのだ。

「貴女が見ることなどなかったようなものだ。気に入らなければ、捨ててしまえば良い」

「そんなこと言ってはおりません! このように綺麗な、薄い青色の魔力石を見たことがないだけです。ベルンハルト様の仰る言い方を真似するのであれば、わたくしには魔力がないので、見ることなどなかったのですわ」

「そ、そのようなことは……」

「ふふ。ベルンハルト様にその様なつもりがないのはわかっております。ですが、わたくしにも捨てるつもりなどございません。ですから、この様な色のこと、教えて下さいませ」

「それは、その魔力石は、私の魔力で染め上げてある」

「染め上げ?」

「あぁ。先ほども話したが、守護の魔法がかけてある。だからその様な色なのだ」

 本来魔力を増幅させるために使われる魔力石。その石の中に魔力を停滞させ、必要なときに放出できる様に加工されたもの。
 ただし、それもネックレスの先に付けられる程の小ささで、魔力も財力も小さな貴族たちに使われる為のもの。
 ベルンハルトの強大な魔力を一気に入れ込めば、途端に割れてしまう。ベルンハルトはその石を割らない様、自分の魔力を細く長い糸の様にして繰り出し、王都からの帰路の三日間、休むことなくその石を染めた。
 強大な魔力を小さく流し込んでいくというのは、戦闘で爆発させるのとは違う疲労が溜まる。自分の魔力の放出量をコントロールし続けなければならない。
 途中、間に合わないかもしれないと予想したアルベルトが、少し遠回りをしてくれたのだが。

「ベルンハルト様の魔力。そんな大切なものを、わたくしのために?」

「あぁ。もちろん、貴女に危険が及ぶようなことはないはずだ。そんなことになる前に私が盾となる。だが、今回の様に貴女が独りきりになってしまうことがあるからな」

 ロイスナーでは、毎年必ずベルンハルトが城を留守にする。その時リーゼロッテに何かあれば間に合わないことがあるかもしれない。

「盾だなんて」

「可笑しいか? 私は貴女のためなら剣にだって盾にだってなろう。いつでも貴女のためにこの身を捧げる覚悟だ」

「りょ、領主様がその様なことを……」

「おや、領主が言うのは問題か? それならば、領主の地位などアルベルトにでも譲ろう」

 ベルンハルトが辺境伯じゃなくなったとしても、領主じゃなくなったとしても、リーゼロッテがついてきてくれさえすればそれでも構わない。
 いつ追われるかわからない辺境伯の地位。いつ奪われるかわからない領地。そんなものに何の価値も見出せない。
 自らの意思で手放したところで、何の感情も湧かないだろう。
 ベルンハルトは仮面の下で、本当の笑顔で笑った。

 
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