魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
「ねぇ。貴女はまだ、魔法は使えないのかしら?」
「え? えぇ」
「一度、試してみてくれない? そうね。こんな場所だし、水の魔法がいいかしら」
魔法を使おうとするところを誰かに見せるなんて、王城の魔法練習室で行っていたとき以来だ。
ロイスナーに来てからは、魔法を使おうとすらしていない。
「できるわけ、ありませんよ」
投げやりにそう言えば、リーゼロッテは手元へと意識を集中させる。
イメージは先程目にしたヘルムートの水の魔法。空に放物線を描いて、小さな虹をきらめかせた水のシャワー。それを目指して、体内にあるはずの魔力を集めて、指先から放出させた。
「も、申し訳ありません」
リーゼロッテの指先からは、水のシャワーが現れることはなく、わかりきっていたはずのその結果であっても、リーゼロッテの心を恐怖が襲う。
王城で魔法に失敗する度に、バルタザールから受けた叱責。あの呆れ声が、怒鳴り声が、耳元で聞こえる気がする。
その思い出したくもない記憶が、リーゼロッテの顔を青くさせた。
「奥様! 大丈夫ですか?」
リーゼロッテの顔色を見るなり、ヘルムートがその体を支え、もう一度椅子へと座らせる。
「ご、こめんなさい。大丈夫」
心配するヘルムートへ、何とか返事を返すが、心にまとわりつく苦い思いが拭えない。
「ねぇ。ちょっと、散歩しない?」
レティシアの声に顔を上げれば、目の前には若草色の龍の姿が現れた。
「これ……は?」
「早く、背中に乗って。ベルンハルトにバレちゃう」
レティシアの言葉に、城へと目を向ければ、ちょうどベルンハルトが玄関から出てくるのが見えた。
髪を振り乱し、慌てて走るその姿は、普段のベルンハルトからは想像もつかない。
このまま、レティシアの背中に乗ってしまえば、後々ベルンハルトに怒られてしまうだろうか。それでも、綺麗な若草色の背中は、リーゼロッテの好奇心をくすぐり、レティシアに誘われるまま飛び乗った。
「リーゼロッテ!」
後少しでたどり着くところだったベルンハルトの口から、叫び声とも怒鳴り声とも取れる声が発せられる。
その声はレティシアを止めることはなく、意味を為さずに空へと消えた。
「レティシア様。ベルンハルト様、怒ってらっしゃるでしょうか」
リーゼロッテを背中に乗せたまま、レティシアは一直線にどこかへ向かっている。どこへ向かうのかはリーゼロッテにもわかってはいないが、リーゼロッテの知る中で最も強い龍族の長。他の者に襲われる心配はないだろう。
このまま、レティシアによって命が危険にさらされようとも、それは自分のせいだと自覚もある。
全てを、レティシアに任せることにした。
「まさかぁ。心配してるのよ」
龍の姿をしたレティシアの言葉は、直接頭の中で響くように聞こえる。
龍の口から発せられているわけではないのだろう。
「心配?」
「私が貴女をどこに連れて行くのかわからないし、何を吹き込まれるかもわからないしね」
「わたくしも、わかっておりませんが」
「心配しなくても大丈夫よ。ちゃんと帰りも送り届けてあげるから」
「それでしたら……」
「そんなに簡単に、私を信頼してもいいの?」
レティシアの言葉に、息が止まる。
やはり、リーゼロッテに仕返しを考えていたのかもしれない。
「か、構いません。何が起きても……」
「ふふ。やっぱり変わってるわ。それでも、そういう人って好きなのよねー」
レティシアと話をしながらたどり着いたのは、森の中。それも上から見れば半月状に木々のない広場。その真ん中に降り立つ。
リーゼロッテを背中から降ろすと、レティシアもその姿を人間に変え、リーゼロッテの横へと並び立った。
「ここは?」
「前回の討伐でね、銀大狼が大量に魔力石になった場所なの」
「そ、そうなのですね」
「ここで、もう一度魔法を使ってみない?」
「魔法は……先ほどもお見せしましたが」
「あれは、水の魔法でしょ? 私が言ってるのは土よ」
「土?」
土の魔法とは何のことだろうか。
これまで聞いたこともない属性に、リーゼロッテの顔が歪む。
「その髪の色で魔法が使えないなんて、やっぱりおかしいのよ。だからね、お祖母様に聞いてきたの」
レティシアのお祖母様。レティシアですら既に百年以上生きているはず。果たして何歳なのだろうか。
「土属性の魔法は特殊でね。他のどの属性とも相性が悪いわ。だから、その魔法を使う者はたった一種類しか魔法が使えないの」
「それが、わたくし?」
「もしかしたらね。だから、ここで使ってみて欲しいのよ」
「どのような魔法なのでしょうか?」
「魔力石を、取り出す魔法」
「魔力石を?」
リーゼロッテには、レティシアの言葉の意味がわかっていなかった。
魔力石を取り出すとは、一体どういうことだろうか。
「魔力石は、魔獣の中から生まれるわ。それがすぐに土の中に埋まってしまうの。ロイスナーの城の中にあるものは、埋まる前に拾えたものよ。それを土の中から取り出すことができる魔法」
「土の中から……」
「そう。ベルンハルトの役に立ちたいって言っていたじゃない? これができれば、少しは役に立てるんじゃないかしら」
「お役に、立てますでしょうか」
ベルンハルトからの思いにも、アルベルトやヘルムートの親切にも何も返すことのできない自分が不甲斐なかった。
与えてもらうばかりで、何もできない自分が情けなくて、罪悪感ばかりが溜まる。
自分の無価値を思い知らされる日々はもう、限界だった。
「まぁ、ベルンハルトがこんなことを望んでるとは思わないけど」
魔力石を必要としていないベルンハルトの役には立たないだろう。
既に高価な魔力石を日々消費しているのだから、ロイスナーにとっても必要のない魔法かもしれない。
それでも、何もできないよりは良いはずだ。
ほんの少しだけでも、自分に自信がもてるのであれば。
リーゼロッテはその手に、力を入れた。
「え? えぇ」
「一度、試してみてくれない? そうね。こんな場所だし、水の魔法がいいかしら」
魔法を使おうとするところを誰かに見せるなんて、王城の魔法練習室で行っていたとき以来だ。
ロイスナーに来てからは、魔法を使おうとすらしていない。
「できるわけ、ありませんよ」
投げやりにそう言えば、リーゼロッテは手元へと意識を集中させる。
イメージは先程目にしたヘルムートの水の魔法。空に放物線を描いて、小さな虹をきらめかせた水のシャワー。それを目指して、体内にあるはずの魔力を集めて、指先から放出させた。
「も、申し訳ありません」
リーゼロッテの指先からは、水のシャワーが現れることはなく、わかりきっていたはずのその結果であっても、リーゼロッテの心を恐怖が襲う。
王城で魔法に失敗する度に、バルタザールから受けた叱責。あの呆れ声が、怒鳴り声が、耳元で聞こえる気がする。
その思い出したくもない記憶が、リーゼロッテの顔を青くさせた。
「奥様! 大丈夫ですか?」
リーゼロッテの顔色を見るなり、ヘルムートがその体を支え、もう一度椅子へと座らせる。
「ご、こめんなさい。大丈夫」
心配するヘルムートへ、何とか返事を返すが、心にまとわりつく苦い思いが拭えない。
「ねぇ。ちょっと、散歩しない?」
レティシアの声に顔を上げれば、目の前には若草色の龍の姿が現れた。
「これ……は?」
「早く、背中に乗って。ベルンハルトにバレちゃう」
レティシアの言葉に、城へと目を向ければ、ちょうどベルンハルトが玄関から出てくるのが見えた。
髪を振り乱し、慌てて走るその姿は、普段のベルンハルトからは想像もつかない。
このまま、レティシアの背中に乗ってしまえば、後々ベルンハルトに怒られてしまうだろうか。それでも、綺麗な若草色の背中は、リーゼロッテの好奇心をくすぐり、レティシアに誘われるまま飛び乗った。
「リーゼロッテ!」
後少しでたどり着くところだったベルンハルトの口から、叫び声とも怒鳴り声とも取れる声が発せられる。
その声はレティシアを止めることはなく、意味を為さずに空へと消えた。
「レティシア様。ベルンハルト様、怒ってらっしゃるでしょうか」
リーゼロッテを背中に乗せたまま、レティシアは一直線にどこかへ向かっている。どこへ向かうのかはリーゼロッテにもわかってはいないが、リーゼロッテの知る中で最も強い龍族の長。他の者に襲われる心配はないだろう。
このまま、レティシアによって命が危険にさらされようとも、それは自分のせいだと自覚もある。
全てを、レティシアに任せることにした。
「まさかぁ。心配してるのよ」
龍の姿をしたレティシアの言葉は、直接頭の中で響くように聞こえる。
龍の口から発せられているわけではないのだろう。
「心配?」
「私が貴女をどこに連れて行くのかわからないし、何を吹き込まれるかもわからないしね」
「わたくしも、わかっておりませんが」
「心配しなくても大丈夫よ。ちゃんと帰りも送り届けてあげるから」
「それでしたら……」
「そんなに簡単に、私を信頼してもいいの?」
レティシアの言葉に、息が止まる。
やはり、リーゼロッテに仕返しを考えていたのかもしれない。
「か、構いません。何が起きても……」
「ふふ。やっぱり変わってるわ。それでも、そういう人って好きなのよねー」
レティシアと話をしながらたどり着いたのは、森の中。それも上から見れば半月状に木々のない広場。その真ん中に降り立つ。
リーゼロッテを背中から降ろすと、レティシアもその姿を人間に変え、リーゼロッテの横へと並び立った。
「ここは?」
「前回の討伐でね、銀大狼が大量に魔力石になった場所なの」
「そ、そうなのですね」
「ここで、もう一度魔法を使ってみない?」
「魔法は……先ほどもお見せしましたが」
「あれは、水の魔法でしょ? 私が言ってるのは土よ」
「土?」
土の魔法とは何のことだろうか。
これまで聞いたこともない属性に、リーゼロッテの顔が歪む。
「その髪の色で魔法が使えないなんて、やっぱりおかしいのよ。だからね、お祖母様に聞いてきたの」
レティシアのお祖母様。レティシアですら既に百年以上生きているはず。果たして何歳なのだろうか。
「土属性の魔法は特殊でね。他のどの属性とも相性が悪いわ。だから、その魔法を使う者はたった一種類しか魔法が使えないの」
「それが、わたくし?」
「もしかしたらね。だから、ここで使ってみて欲しいのよ」
「どのような魔法なのでしょうか?」
「魔力石を、取り出す魔法」
「魔力石を?」
リーゼロッテには、レティシアの言葉の意味がわかっていなかった。
魔力石を取り出すとは、一体どういうことだろうか。
「魔力石は、魔獣の中から生まれるわ。それがすぐに土の中に埋まってしまうの。ロイスナーの城の中にあるものは、埋まる前に拾えたものよ。それを土の中から取り出すことができる魔法」
「土の中から……」
「そう。ベルンハルトの役に立ちたいって言っていたじゃない? これができれば、少しは役に立てるんじゃないかしら」
「お役に、立てますでしょうか」
ベルンハルトからの思いにも、アルベルトやヘルムートの親切にも何も返すことのできない自分が不甲斐なかった。
与えてもらうばかりで、何もできない自分が情けなくて、罪悪感ばかりが溜まる。
自分の無価値を思い知らされる日々はもう、限界だった。
「まぁ、ベルンハルトがこんなことを望んでるとは思わないけど」
魔力石を必要としていないベルンハルトの役には立たないだろう。
既に高価な魔力石を日々消費しているのだから、ロイスナーにとっても必要のない魔法かもしれない。
それでも、何もできないよりは良いはずだ。
ほんの少しだけでも、自分に自信がもてるのであれば。
リーゼロッテはその手に、力を入れた。