魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
再び雪が降り積もる
「ベルンハルト様。今日も暑くなりそうですね」
「あぁ。涼しくなるにはまだ少しかかるだろうな」
リーゼロッテが魔法を使えるようになって、しばらくして始まった朝のこの時間。リーゼロッテの朝食後、ベルンハルトの執務室で二言三言会話をするだけの時間。
あのように冷たく突き放しておきながら、このような提案をしてくるベルンハルトに、リーゼロッテは最初、苛立ちすら感じていた。
だが、毎日少しずつ会話を重ねるうちに、ベルンハルトのことについてわかってきたこともある。この様な季節になってもなお、温かいお茶を好むこと。花好きが城内で知られていない理由。
そして何より、ベルンハルトがリーゼロッテの生み出した魔力石を『必要ない』と突き放した理由。それにはリーゼロッテが驚かされた。
「あ、貴女は、いつ王都に戻ってしまうのだろうか?」
「王都?! 何故でしょうか? 戻らなければならない理由があれば、教えてくださいませ」
いつもと変わらないはずの会話の時間。その日は、ベルンハルトの纏う空気も何となく重たく、言いづらそうに口を開いた先のその言葉に、リーゼロッテは目を丸くした。
『王都に戻る』そう言われた途端、ついにその日が来てしまったのかと、心の中には喪失感や虚無感が広がった。結婚から一年が経つ。それを待って、離婚を突きつけられたのだと。
「貴女はもう魔法が使える。だから、我慢してこのような場所に居なくとも、王都に戻れる。あの袋一杯の魔力石を持って行けば、国王陛下も認めるだろう」
だから、そう続いたベルンハルトの言葉が予想外で、つい吹き出してしまったのも仕方ない。
「ふふっ。わたくし、あんな場所には戻りませんよ。いい思い出も何もありませんもの」
故郷をあんな場所と言ったのが意外だったのか、今度はベルンハルトが目を見開いた。
「だ、だが市場はあんなに栄えていて、温室も素晴らしくて、家族も……そこに戻れるのだ」
「王都の市場ですか? わたくし、一度も行ったことがありません。温室は確かに良いところですが、ヘルムートさんが手入れされるお庭が、今のお気に入りです。それに」
「それに?」
「わたくしの家族は、ベルンハルト様です。ベルンハルト様がどう思われていても、わたくしはそう思っております」
リーゼロッテがそう言って微笑めば、ベルンハルトの目が左右に揺れる。
その態度が愛おしくて、つい悪戯心が湧き上がった。普段なら触れることのないベルンハルトの手を取り、そっと両手で包み込んだ。
「ベルンハルト様が、わたくしのたった一人の家族です。ヘルムートさんがいて、アルベルトさんがいて、イレーネがいて……そしてベルンハルト様が居てくださるロイスナーが、わたくしの戻る場所です」
少し大げさな言い方も、ベルンハルトの態度に振り回され、気持ちが尖っていたからだろう。やり返してやりたいと思っていたのかもしれない。
照れた顔を隠すように顔を背けたベルンハルトを見て、リーゼロッテの心の中を清涼感が通り過ぎた。
そんな些細なやり取りができるこの時間を、リーゼロッテも楽しみにしていた。
結婚して一年、夫婦として会話が足りていなかったと、今更ながらにそれを思う。
ベルンハルトの執務室で、アルベルトの淹れるお茶をもらったこともある。
それは正直ヘルムートに淹れてもらうものの方が美味しく、元執事長としてのヘルムートの腕を確認するだけに終わり、「美味しいです」と言った言葉に、ベルンハルトが苦笑していた。
ベルンハルトもまた、ヘルムートが淹れるお茶を恋しく思っているのだと、後日庭にベルンハルトを誘ったこともある。
過ごしやすいと聞いていたロイスナーでもやはり夏は夏で、時折吹く風にすら含まれるまとわりつくような熱気に、雪に覆われた冬を恋しく思う。
冬になれば、夏の熱気に思慕の念を抱くのだから、人間というのは何とも都合のいい生き物だろうか。
冬の間はその寂しさにすがりついていた毛布も、この暑さでは手に取ることすら憚られ、引き出しにしまわれたままもう数ヶ月が経つ。
贈り主が本当にベルンハルトだったのか、それすら確認できないままだが、今の関係ではそれを確かめる必要もないだろう。ベルンハルトとの時間が、リーゼロッテの胸元で光る魔力石が、贈り主のわからない毛布よりも強く、リーゼロッテに愛されている実感を与えてくれる。
リーゼロッテはあの日以来魔力石を生み出してはいないし、魔法が使えるようになったという事実さえ、誰にも話していない。魔法を使えるとは言っても、土の魔法であるたった一つを除いて他のことは何もできないのだから、使えないのと何も違わないと、リーゼロッテ自身は何も変わらない。使用人達が日々の暮らしの中で放つわずかな魔法を、羨ましく感じるのだ。
そんなリーゼロッテが、ヘルムートに預けた魔力石のことすら記憶の彼方へと送ってしまった頃、ロイスナーにはまた、雪がちらつき始めた。
「あぁ。涼しくなるにはまだ少しかかるだろうな」
リーゼロッテが魔法を使えるようになって、しばらくして始まった朝のこの時間。リーゼロッテの朝食後、ベルンハルトの執務室で二言三言会話をするだけの時間。
あのように冷たく突き放しておきながら、このような提案をしてくるベルンハルトに、リーゼロッテは最初、苛立ちすら感じていた。
だが、毎日少しずつ会話を重ねるうちに、ベルンハルトのことについてわかってきたこともある。この様な季節になってもなお、温かいお茶を好むこと。花好きが城内で知られていない理由。
そして何より、ベルンハルトがリーゼロッテの生み出した魔力石を『必要ない』と突き放した理由。それにはリーゼロッテが驚かされた。
「あ、貴女は、いつ王都に戻ってしまうのだろうか?」
「王都?! 何故でしょうか? 戻らなければならない理由があれば、教えてくださいませ」
いつもと変わらないはずの会話の時間。その日は、ベルンハルトの纏う空気も何となく重たく、言いづらそうに口を開いた先のその言葉に、リーゼロッテは目を丸くした。
『王都に戻る』そう言われた途端、ついにその日が来てしまったのかと、心の中には喪失感や虚無感が広がった。結婚から一年が経つ。それを待って、離婚を突きつけられたのだと。
「貴女はもう魔法が使える。だから、我慢してこのような場所に居なくとも、王都に戻れる。あの袋一杯の魔力石を持って行けば、国王陛下も認めるだろう」
だから、そう続いたベルンハルトの言葉が予想外で、つい吹き出してしまったのも仕方ない。
「ふふっ。わたくし、あんな場所には戻りませんよ。いい思い出も何もありませんもの」
故郷をあんな場所と言ったのが意外だったのか、今度はベルンハルトが目を見開いた。
「だ、だが市場はあんなに栄えていて、温室も素晴らしくて、家族も……そこに戻れるのだ」
「王都の市場ですか? わたくし、一度も行ったことがありません。温室は確かに良いところですが、ヘルムートさんが手入れされるお庭が、今のお気に入りです。それに」
「それに?」
「わたくしの家族は、ベルンハルト様です。ベルンハルト様がどう思われていても、わたくしはそう思っております」
リーゼロッテがそう言って微笑めば、ベルンハルトの目が左右に揺れる。
その態度が愛おしくて、つい悪戯心が湧き上がった。普段なら触れることのないベルンハルトの手を取り、そっと両手で包み込んだ。
「ベルンハルト様が、わたくしのたった一人の家族です。ヘルムートさんがいて、アルベルトさんがいて、イレーネがいて……そしてベルンハルト様が居てくださるロイスナーが、わたくしの戻る場所です」
少し大げさな言い方も、ベルンハルトの態度に振り回され、気持ちが尖っていたからだろう。やり返してやりたいと思っていたのかもしれない。
照れた顔を隠すように顔を背けたベルンハルトを見て、リーゼロッテの心の中を清涼感が通り過ぎた。
そんな些細なやり取りができるこの時間を、リーゼロッテも楽しみにしていた。
結婚して一年、夫婦として会話が足りていなかったと、今更ながらにそれを思う。
ベルンハルトの執務室で、アルベルトの淹れるお茶をもらったこともある。
それは正直ヘルムートに淹れてもらうものの方が美味しく、元執事長としてのヘルムートの腕を確認するだけに終わり、「美味しいです」と言った言葉に、ベルンハルトが苦笑していた。
ベルンハルトもまた、ヘルムートが淹れるお茶を恋しく思っているのだと、後日庭にベルンハルトを誘ったこともある。
過ごしやすいと聞いていたロイスナーでもやはり夏は夏で、時折吹く風にすら含まれるまとわりつくような熱気に、雪に覆われた冬を恋しく思う。
冬になれば、夏の熱気に思慕の念を抱くのだから、人間というのは何とも都合のいい生き物だろうか。
冬の間はその寂しさにすがりついていた毛布も、この暑さでは手に取ることすら憚られ、引き出しにしまわれたままもう数ヶ月が経つ。
贈り主が本当にベルンハルトだったのか、それすら確認できないままだが、今の関係ではそれを確かめる必要もないだろう。ベルンハルトとの時間が、リーゼロッテの胸元で光る魔力石が、贈り主のわからない毛布よりも強く、リーゼロッテに愛されている実感を与えてくれる。
リーゼロッテはあの日以来魔力石を生み出してはいないし、魔法が使えるようになったという事実さえ、誰にも話していない。魔法を使えるとは言っても、土の魔法であるたった一つを除いて他のことは何もできないのだから、使えないのと何も違わないと、リーゼロッテ自身は何も変わらない。使用人達が日々の暮らしの中で放つわずかな魔法を、羨ましく感じるのだ。
そんなリーゼロッテが、ヘルムートに預けた魔力石のことすら記憶の彼方へと送ってしまった頃、ロイスナーにはまた、雪がちらつき始めた。