魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
「そんなに堂々といちゃつくようになったのね」

 恥ずかしさで顔を赤くさせていたリーゼロッテの耳に、聞こえてきたのは呆れ果てたレティシアの声。

「レティシア様」

「少し前まで部屋でいじけてたっていうのに、どうしちゃったのかしら」

「い、いじけてなどいないと、言ったはずだが」

 バツが悪そうな顔をして、何とか言い返したベルンハルトの言葉も、レティシアにはどこ吹く風。
 今回の討伐はレティシアがいなければ、無事では済まなかっただろう。
 自分の怪我すら省みず、ベルンハルトを連れ帰ってくれたこと。食糧のために飛ぶことをクラウスに頼んでくれたこと。レティシアにはもう頭が上がらない。

「レティシア様。この度は本当にありがとうございました。何もかもお世話になってばかりで……」

「ふふ。構わないわよ。どうやってお礼してもらおうかと、考えてるわ」

「わ、わたくしにできることであれば……」

「本当? それなら」

 レティシアは目を輝かせて、リーゼロッテの耳元に唇を寄せた。

「ベルンハルトを、一晩貸してくれる?」

「そ、そんなこと! できません……」

「ふふっ。冗談よ冗談」

「じょ、冗談が過ぎます」

 レティシアは笑いながら、冗談だと言ってのけるが、その目の奥にチラつく本気に、リーゼロッテの心がささくれる。

「私も、そろそろ龍族の中に相手が探せそうなの。いつまでもベルンハルトのことを追いかけていられないわ」
 
「龍族?」

「そうよ。私より強い男がね、育つのを待ってるの」

「それって」

 リーゼロッテの脳裏によぎるのは、いつでもレティシアの側にいるクラウスだ。レティシアの隣に寄り添うように飛んでいた光景が、まぶたの裏に焼き付いて離れない。

「内緒。言ったら楽しくないでしょ?」

「それもそうですね。お相手が決まることを楽しみにしてます」

 レティシアとリーゼロッテが顔を見合わせて笑い合えば、となりでその様子を見ていたベルンハルトが、怪訝な声を出す。

「其方たちは、いつからそのように笑い合う間柄になったのだ」

 長い間ベルンハルトのことを狙っていたレティシアと、ベルンハルトと結婚したリーゼロッテ。どうやっても仲良くなることなどできない二人が、このように仲睦まじく笑い合う。ベルンハルトにとっては信じられない光景だろうが、リーゼロッテとレティシアにとっては当たり前のこと。期間は短くとも、その交流は密度の濃いものだった。
 大切な人を救い、秘密を共有する。その出来事が二人の距離を更に縮めた。

「レティシア様には、たくさんお世話になりましたから」

 そう言ってリーゼロッテがベルンハルトに笑顔を向ける。

「そ、それも、そ、そうだな」

 隠すことのできない照れた顔と、つっかえながらの言葉。久しぶりに聞いたそれに、愛しさが湧き上がる。

「えぇ。そうですよ」

 更に鮮やかに笑ったリーゼロッテから顔を背けたベルンハルトが、今度はレティシアへと視線を移す。

「今日は、クラウスは来ていないのだな」

「えぇ。ちょっとね、気になることがあって、調べてもらうように頼んだの。大した用件でもないから、終わり次第こちらに顔を出すように伝えてあるわ」

「彼にも本当に世話になった。本来であれば討伐に参加してくれた龍族全員を招待するべきであろうが、申し訳ない」

「全員でおしかけたら、今度こそこの城の食糧はなくなるわね」

「それは困るな。これ以上ディース領に迷惑をかけるわけにはいかぬ」

 ベルンハルトの苦笑いに、レティシアが何かを思い出したような顔を見せる。

「あら? どうして? 他領地と取引をするのは決して悪いことではないわ。先代はあまり積極的ではなかったけれど、きちんと交易に取り組んでいた当主もいたもの」

「交易? だが、ロイスナーには外に出せるものなど……」

「昔はこんなに酷い雪もなかったから。でも、考えてみてもいいんじゃない? リーゼロッテには素敵なご友人がいるのだし」

「そうですよ! わたくし頑張りますから、一緒に考えましょう」

 ロイスナーでは足りなくなる食糧も、他領地から買うことができれば、今回のようなことにはならずに済む。アマーリエであれば、きちんと対応してくれるであろう。
 毎年の悩みに、一筋の希望が差し込んだ気がする。

「リーゼロッテ……だが、私とまともに取り合ってくれる貴族がどれだけいるか」

 ベルンハルトが自信なさげに仮面に手を触れた。素顔を隠したまま、あのような噂話が流れる伯爵と取引をしてくれる相手に心当たりなどないだろう。

「大丈夫です! ディース領ならば、アマーリエが手を回してくれますわ。それに……」

 リーゼロッテがベルンハルトの耳元で囁いたのは、先ほどアマーリエから聞いたばかりの話。公爵ともなれば、誰一人としてベルンハルトのことを無視することはできないはずだ。

「リーゼロッテ、それは本当なのか」

「まだわかりませんわ。ですが、アマーリエは今回のお誘いを断らなかったでしょう。ディースブルク伯爵は、既にそう思い込んでいるのかもしれません」

「何やらいいお話ね。クラウスもようやく到着したみたいだし、こちらも良い話だと良いのだけど」

 レティシアがそう言って視線を向けた先のバルコニーに、人間姿のクラウスが降り立った。

「クラウス、こんなところから入るなんて非常識でしょ」

 窓から入ってきたクラウスにレティシアが文句を言いかけるが、クラウスの顔色は冴えない。

「レティシア様。ご報告を」

「良い話ではなさそうね。ベルンハルト、リーゼロッテ少し席を外すわ。お話の最中なのに、ごめんなさい」

 いつものように、裏側を見せない美しい顔を二人に向け、レティシアがクラウスと共に会場の隅へと場所を移す。
 二人には見せなかった険しい顔がクラウスと話し始めた途端に浮かび上がるのを見れば、育つのを待つ相手はきっとクラウスなのだろうと、リーゼロッテの気持ちがどこか暖かくなる。
 レティシアは龍族の長で、彼女にしかできない決断も、一人で抱え込まなければいけないことも多いだろう。
 リーゼロッテには想像することもできないぐらいの苦労がその身にのしかかっているに違いない。リーゼロッテでは、それを理解することも代わることもできないが、その身を休ませる場所があることを、支えてくれる相手がいることを願う。

 壁際に立っていたヘルムートに何かを告げ、二人が連れ立って窓から出ていくのを見れば、その様子に不穏な空気を感じる。

「ベルンハルト様。レティシア様はこのまま巣へお戻りになられるそうです。楽しい会をありがとうと、そう仰っておられました」

 ヘルムートに伝言を頼むということは、一刻も早く動かなければならない出来事が起きたということだ。
 レティシアやクラウスが無事であることを祈るしかない自分の無力さを痛感した。
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