【連載中】エリート調香師は、初心な新妻を口説き落としたい。
第2章
目が覚めた時、天井が違った。
心彩はしばらくそのまま、白い天井を見上げていた。見慣れた実家の天井ではない。もっと高く、もっと広い。間接照明の名残りが、淡く壁に滲んでいる。
ああ、そうだ。
昨日、結婚したんだった。
心彩はゆっくりと身を起こした。ベッドのシーツは上質で、肌触りがやわらかい。サイドテーブルには、昨夜手のひらに握りしめていた小瓶が置いてある。沈丁花の香水。
窓のカーテンの隙間から、朝の光が細く差し込んでいた。
五月の朝だ。
実家にいた頃の朝と、光の質は同じはずなのに、この部屋で見ると、どこか違う色をしているような気がした。知らない場所に降り注ぐ光は、同じ光でも少し他人行儀に見える。
心彩は足をベッドから下ろし、部屋を見渡した。
昨夜は疲れていて、細かいところまで見る余裕がなかった。でも朝の光の中で改めて見ると、この部屋は本当にシンプルだった。ベッドと、サイドテーブルと、クローゼット。それだけ。飾り気がなくて、でも居心地が悪いわけでもない。
心彩は昨夜玲央から渡されたクローゼットの鍵を手に取り、一枚だけ持参した部屋着に着替えた。荷物は明日以降、少しずつ運び込む予定だった。引越しの手配は両家がしてくれるらしいが、心彩自身は大切なものだけを自分で持ってきた。スケッチブック、お気に入りの本が数冊、そして小さな花瓶が一つ。
その花瓶を、今朝はまだ出していなかった。
心彩は花瓶をバッグから取り出して、サイドテーブルに置いた。中に花はない。でも、この花瓶があるだけで、少しだけ自分の場所になった気がした。