【連載中】エリート調香師は、初心な新妻を口説き落としたい。
「今回の縁談は、英紗の家にとって非常に重要なものだ。月森様との提携は、英紗流の活動における大きな支えになる。お前にも、この家の娘としての役目がある」
家の娘としての役目。
心彩は、その言葉を胸の中で反芻した。
ずっと、“家元にはなれない娘”と言われて育ってきた。陰で親族が聞こえない私に【無能の役立たず】と手紙を送りつけてきたこともある。
そりゃそうだ。私は稽古には参加できたが、表に立つことは許されなかった。
生徒を教えることも、式典に出ることも、障害を理由に制限されてきた。それでも英紗の娘として、礼儀作法、茶道、書道、華道を学び続けてきた。
いつか役に立てるかもしれないと、そう信じて。
その役目が、政略結婚という形で訪れるとは。
心彩は唇を引き結んだ。抵抗したかった。でも、どうやって?
英紗の家は心彩に多くのものを与えてくれた。
衣食住だけでなく、花という生涯の友を与えてくれた。その家への恩を、一言の拒絶で踏みにじることが、心彩にはできなかった。
『……相手の方は、私が耳の聞こえないことを、ご存知なのですか』
心彩は手話で尋ねた。
月森綾斗が表情を変えずに何かを言った。母が訳す。
「もちろんです。そのうえで、ぜひにと申し出てくださっています」
そのうえで。
その四文字が、どこか心に引っかかった。
耳が聞こえないと知って、それでも構わないと言ってくれる相手。
それは、優しさなのか。それとも――問題のある娘でも構わないという意味なのか。
心彩には判断できなかった。相手の顔を見たことさえ、まだないのだから。
心彩がもう一つだけ、手話で問いを作った。
『月森様は、華道の御家元のご兄弟と伺っています。玲央様も、花をご存じなのでしょうか』
母が伝えると、月森綾斗の表情が少しだけ動いた。口元に、苦みの混じったような笑みが浮かぶ。
「倅は幼い頃から花には親しんでいます。ただ……華道の道には進みませんでした。私と同じように」
私と同じように。