【連載中】エリート調香師は、初心な新妻を口説き落としたい。



 紙を玲央の方へ向けた。玲央はそれを一読してそして、心彩の顔を見た。

 何かを言った。心彩は唇の動きを読もうとした。しかし玲央の口の動きは小さく、スピードも読み取りにくい。

 心彩は首を横に振り、メモ帳に書いた。


『すみません、口話が少し読み取りにくかったです。書いていただけますか』


 玲央はメモ帳を受け取った。少し間があった後、ペンを手に取る。

 心彩の視線が、その手に向かった。長い指。右手の中指と薬指に、うっすらと跡がある。ペンや道具を長く使い続けた人間の手だ。調香師の手なのだろうか、と心彩は思った。

 玲央がメモを返した。


『俺は話すのが得意ではない。筆談の方が都合がいい』


 心彩は綺麗な字をなぞるようにその一文を読んで、思わず目を瞬いた。

 予想外だった。もっと社交的な、あるいは逆にもっと尊大な返答を想像していた。しかしこの一文は、どこか素朴で、飾り気がない。

 心彩はペンを取った。


『私のことは、事前にお聞きになっていましたか?』

『はい』


 短い返答だった。


『どのようにお聞きになりましたか』


 少し間があった。


『耳が聞こえないこと。華道の名家の令嬢であること。花が好きなこと』


 花が好きなこと。
 その一文が、心彩の中で小さく光った。耳が聞こえないという事実と並べて、花が好きという情報を同列に挙げている。
 それは単なる情報羅列かもしれない。でも、なんとなく。



< 9 / 23 >

この作品をシェア

pagetop