🕊 平和への願い 🕊 【新編集版】  『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』にリスペクトを込めて。
        13
       
「えっ?」

 上司は一瞬絶句したようだったが、「オデーサって、もしかしてウクライナのか?」と絞り出すような声が続いた。

「そうです。実は、」

 正直にすべてを伝えた。
 妻を追いかけてトルコへ行ったこと、更にモルドバへ、そしてオデーサへと追い続けたこと、しかし、探し出すことができなかったこと、しかも、同行してくれた人が怪我をして病院に入院していることをありのままに伝えた。

 ところが、上司の反応は厳しかった。
 休暇とはいえ会社に無断で戦地に行くというのはあるまじき行為だと(なじ)られた。
 しかも、同行してくれた人に怪我をさせる結果になったことは大きな過失だときつく(とが)められた。

 返す言葉がなかった。
 社会人として失格だと言われればその通りだった。
 言い訳はいくらでもできたが、それは個人的な理由であり、会社という組織の中で通じるものではなかった。

「とにかく、すぐに帰ってこい」

 それだけ言って電話を切られた。
 これは指示というよりも命令だった。
 逆らうことはできないし、(そむ)けば会社を辞めるしかなくなる。
 つまり、妻を探し続けるか、諦めて帰国するかの二者択一を迫られたのだ。

 本音を言えば、会社を辞めることになるとしてもこのままとどまることを選択したかった。
 なんとしても妻を探さなければならないのだ。
 しかし、異国であり戦地でもあることを考えると、捜索活動を続けるのは無謀のようにも思えた。
 その上、怪我人を抱えている。
 縫合はしてもらったが、野戦病院のようなところでこれ以上の治療を望むことはできそうもなかった。

 一度態勢を立て直した方がいいかもしれない、

 そう思った瞬間、突き刺すような声が聞こえた気がした。

 死んでしまったら取り返しがつかないぞ!

 その通りだった。
 帰国している間に妻が亡くなってしまうこともあるのだ。
 そんなことになったら耐えられるわけがない。
 残りの人生を後悔の中で過ごすようになるのは間違いないのだ。
 いや、生きていられないかもしれない。
 妻のいない人生なんて考えられないし、ここまで来て帰ることなんてできるはずがない。
 上司の命令に背けば仕事を失うかもしれないが、妻を失うことを考えたらそんなことはどうでもいいように思えた。

 よし、腹が決まった。
 なんとしても妻を探し出す。

 スマホをポケットに仕舞って、院内に引き返した。

 気合を入れてミハイルの元に戻ったが、彼の状態は良くなかった。
 顔色が優れないのだ。
 おでこに手を当てると熱があるし、目を瞑った彼は間隔の短い浅い息をしている。
 抗生物質が効いていないのかもしれないと思い、すぐに医師の元へ急いだ。

< 55 / 102 >

この作品をシェア

pagetop