深瀬くんが甘すぎる
「…おはよ」
気まずい沈黙の後、深瀬くんはすっと目を逸らしながらそうつぶやいた。
よかった、とりあえず挨拶を返してもらえた…。
ほっと胸をなでおろし、気を取り直して自分の席――つまりは深瀬くんの隣の席に腰を下ろす。
隣に座る深瀬くんの、その高い身長と彼がまとう独特の雰囲気に少々の圧を感じながらも、一年の頃と同じように英単語帳を開きおぼえられていない単語に付箋を貼りながら確認していく。
ちらりと横目で深瀬くんの様子をうかがうと、彼は昨日と変わらず、スマートフォンの画面を熱心に眺めているようだった。
私の視線にも気づかず、鋭い視線が手元の画面に注がれている。
一体、何をそんなに真剣に見てるんだろう。
ちょっと気になるけど、さすがにそこまで踏み込む勇気はない。
それに、深瀬くんだったこんなただのクラスメートに踏み込んだことなんて聞かれたくないかもしれないし。
そう自分に言い聞かせて、また私は単語帳の英単語を覚えることに集中した。
結局その日、それ以上深瀬くんと話すことはなくて。多くのクラスメートたちが登校してくる十五分後くらいに教室に入って来た志穂と雑談をして、それから授業を受けて、わたしはいつも通りの一日を過ごした。