離婚した元旦那様、恥ずかしいので心の中でだけ私を溺愛するのはやめてください、全て聞こえています。
 鬼怒川は頷くと、警備員に、湊斗を自分の部屋に運ぶよう指示した。

 治療のために湊斗とともに離れを去って行った鬼怒川を見送った富子は、充血した瞳を朧に向けた。


 その目には、憎しみの炎が燃え盛っている。

「あなた、そこの小娘を、どうするつもりなの?」

 富子の言葉に、定国は、困惑の表情を浮かべる。

「龍ケ崎で、痴情(ちじょう)のもつれから当主が刺されたなどという醜聞(しゅうぶん)が広まるのは、避けなければならない。
 通報して、騒ぎが世間に広まれば、龍ケ崎の求心力が低下するのは目に見えている。
 虎視眈々と、龍ケ崎を引きずり降ろそうと画策している家にとっては、願ってもない好機になるだろう。
 先祖代々受け継いできた龍ケ崎の影響力を守るためには、小娘を警察に突きだすことはできない」

「じゃあ、どうするの?」

 定国は苦渋の表情を浮かべると、視線を、不要な物をしまっておくだけだった蔵へ移した。

 ()しくも、昼間、朧が身を隠していた蔵だった。


「あそこに閉じ込めておく」

 定国は、警備員に、朧を蔵に連れて行くよう指示した。

 もつれた足取りで、警備員に挟まれた朧は、ほこりと湿った匂いが充満する、明かりひとつない蔵の中へと放り出され、重厚な扉が閉められる。

 薄く差す月明かりに、震える手をかざす。

 湊斗の血が、べっとりと付いている。

 心が飽和しているようにも、ぽっかり穴が空いたようにも感じられた。

 早く冤罪(えんざい)であると誤解を解かなくてはならない、そう思うのに、頭が上手く働かない。

 やがて、朧の頬を、涙が伝った。

 それは、時間を経るごとに、大粒になり、ついには、子供みたいにしゃくり上げながら、朧の頬を濡らし続けた。

 湊斗に、助かってほしい。

 生きてほしい。

 今の朧にできることは、ただ湊斗の無事を祈ることだけだった。

 時間の流れが遅い。

 世界にたったひとり取り残されたような孤独感。

 いつまでそうして、放心していたか。


 湊斗に会いたい。

 その一心で、朧は立ち上がった。

 扉には外から施錠されていたが、昼間ここを訪れたとき、古びた鍵が壊れていることは知っていた。

 長年手入れがされておらず、壊れていることに、誰も気づいていないのだろう。

 案の定、ガタガタと乱暴に扉を揺らすと、金属質な何かが割れる音がし、扉が開いた。

 外はまだ暗く、丸い月がぽっかりと浮かんでいた。

 見張りはいなかった。

 先程の騒ぎなどなかったように、世界は静寂に支配されていた。


 湊斗はどこにいるのだろう。

 朧は、あてもなく歩き始めた。

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