離婚した元旦那様、恥ずかしいので心の中でだけ私を溺愛するのはやめてください、全て聞こえています。
 思いもよらないみゆきの裏切りに、わけがわからなくなって、朧は言葉を繋げることができない。


 朧を突き飛ばすと、定国が怒号を響かせた。

「見苦しい言い訳はよせ!
 わしらが離婚させたことを恨んで、湊斗に復讐したんだろう!
 全く、東雲は何という娘を寄越したんだ、この疫病神が!
 早く医者を、鬼怒川(きぬがわ)先生を呼べ!」

 鬼怒川とは、龍ケ崎家の敷地に住むお抱えの医者のことだ。

 定国の剣幕に()され、離れの外に出た朧は、手にこびりついた湊斗の血を見て、めまいを覚え、小刻みに震えだした。

 湊斗は、大量に出血している。

 助かるのだろうか。

 もし、湊斗が死んでしまったら──。

「そいつを取り押さえろ!」

 定国の命令に従い、制服を着た警備員が、朧の両腕を掴み、拘束する。

「違うんです、わたしじゃありません!
 わたしは何もしていません!」

「みゆきが見たと言っているのよ、観念なさい!
 この、人殺しが!」

 富子が髪を振り乱して涙声で叫ぶと、朧の頬を平手で叩いた。

 じんわりと、右の頬に痛みが滲む。

 朧は、もう何も考えることができなかった。

 今、一体、何が起きている?

 何故、湊斗は刺された?

──誰に?

 誤解を解かなければいけないと理解してはいるのだが、青白い顔で固く目を閉じる湊斗を見て、抵抗する気力も削られ、朧は膝から崩れ落ちる。

 少しして、小柄な中年男性が白衣に袖を通しながら、警備員に連れられて駆け込んできた。

 丸い眼鏡が特徴の、鬼怒川医師だった。

 鬼怒川は、湊斗の様子を一目見るなり、眉間のしわを深くした。

「これは……ひどいですな。
 出血が多すぎる……。
 ショック状態にあります。
 すぐに輸血をする必要があります」

 医師の見解に、この世の終わりを迎えたように絶望した表情で、富子が鬼怒川の腕を掴む。

「湊斗は、息子は助かるんですか!?
 助かりますよね、先生。
 助かると言ってください!」


 富子の言葉に、医師は難しい顔をして、目を伏せた。

「奥さま……。
 お気持ちはお察ししますが、断定はできません。
 湊斗さんは昏睡状態にあります。
 私も、手を尽くしますが、覚悟はしておいてください」

「そんな……」

 富子は重力に逆らえず、地面に座り込んでしまう。

 そんな妻を気力だけで支えながら、定国は鬼怒川に深く頭を下げた。

「お願いします、先生、どうか息子を救ってください」
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