離婚した元旦那様、恥ずかしいので心の中でだけ私を溺愛するのはやめてください、全て聞こえています。
 小花はみゆきの弱みを握って、彼女を意のままに操り湊斗を刺すという汚れ仕事をさせたのだ。

「小花さんは関係ありません!
 全て、私がやったことです。
 旦那様が、あまりにも小花さんをないがしろにするから、腹が立って……」
 
 すると、龍がぐるりと頭を巡らせ、みゆきの顔に肉薄した。

 そして、咆哮を上げた。

《そんな低級な嘘が俺に通じるか!
 俺は全て見ていた。
 全てを企てたのは小花だ》

 湊斗の保有する異能、千里眼。

「もしかして、湊斗さん、小花さんが、湊斗さんを刺すよう、みゆきさんに命令していたことに気づいていたんですか?」

 肯定するように、龍が再び唸り声を上げた。

《小花やみゆきの記憶を見るのは、俺にとっては造作もないことだ》

「じゃあ、自分が刺されることも、わかっていて……?」

《そうだ。
 龍は致命傷を負わない限りそう簡単には死なない。
 みゆきも、怖じ気づいたのか、手加減していた。
 小花の企みを暴いて、この家から追放するために、わざと刺されてやった。
 愚鈍な両親も、これで小花の本性を思い知っただろう》
 

 しかし、みゆきは愚直なまでに小花をかばう言葉を止めようとしない。

「私が……やったことです。
 小花さんは、関係ない」

「そ、そうよ!
 みゆき本人がそう言っているんだから、その通りに決まっているじゃない!
 私は悪くないわ!」

《まだ言うか!
 見苦しい!》

 三度(みたび)、龍は咆哮を朝焼けの下に響かせる。


 するすると地上を移動すると、龍は小花の身体に巻き付き、小花の細い身体を、ぎりぎりと締め付け始めた。

「きゃあっ、苦しい、やめて!」

 龍から逃れようと、じたばたと小花はもがくが、龍はぴくりともせずに、小花への締め付けを強くしていく。

「や……やめて……。
 私が、悪かった、わ……。
 だから、もう……」

 息も絶え絶えになりながら弱々しく小花が声を洩らす。

《お前は朧を殺そうとした。
 朧を傷つけるやつは、誰であろうと許さない。
 死んで詫びろ!》

 湊斗が、いっそう強く締め付けようとした矢先、朧が龍の身体にしがみついて叫んだ。

「もうやめてください、湊斗さん!
 小花さんが死んでしまいます!」

《この女はお前を殺そうとしたんだぞ。
 情けをかける義理などないだろう》

 冷徹な湊斗の声に、畏怖の念を抱きながらも、朧は精一杯首を横に振る。

「わたしは小花さんが死ぬことを望んでいません!
 湊斗さんが人を殺してしまうほうが恐ろしいです!
 今の湊斗さんは、わたしが好きな、優しい湊斗さんではありません!
 こんな湊斗さん、(いや)です、(きら)いです!」

 ふと、龍の動きが止まる。

《俺を、好き……?》

「そうです、わたしが大好きな湊斗さんに戻ってください!
 でないと、わたしは湊斗さんを嫌いになってしまいます!」

《それは、嫌だ。
 朧に嫌われるなんて、耐えられない》

 しゅるしゅると音を立てて、龍が小花の身体を解放し、すがるようにその目を朧に向ける。

 叱られた子犬のような、しょんぼりとした瞳だった。

 小花が地面に崩れ落ちる。

《朧、これで俺を嫌いにならないか?》

 朧は、龍の頭に優しく触れると、「はい、これがわたしの大好きな湊斗さんです」と笑顔を見せると、ゆっくりと硬いうろこを撫でる。

 龍は気持ち良さそうに目を細め、朧にされるがままになる。

《好きだ、朧。
 愛してる、ずっと》


 少し照れながら、はにかんだ笑みを浮かべて朧が答える。

「わたしも、愛しています、湊斗さん。
 ずっと、永遠に」

 そして、目を閉じた龍はなんの前触れもなく、いつもの地味な着物を着た湊斗の姿に変わった。

 意識を失い倒れ込んだ湊斗を、朧が慌てて受け止める。

 座り込んだ朧の手の中で、湊斗はすやすやと、穏やかな寝息を立てていた。

 まだ血がこびりついた湊斗の美しい顔を、慈愛に満ちた指先で撫でる。

「ありがとうございます、湊斗さん」

 涙をこらえるように、天を仰いだ朧に、地を温める陽光が祝福するように降り注いだ。

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