『後姿のピアニスト』 ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】

最低!

 宅配便のような配送車に積み込んだあと、わたしは助手席に乗り込みました。アパート近くの空きスペースに車を止めて、二人でダイニングセットを運び込みました。
 六畳間に仮置きすると、「私が蛍光灯の交換をしましょうか? それともご自分でやりますか?」と訊いてきたので、返事をしようとすると、「今後のためにも自分でやった方がいいかもしれないですね」と勝手に結論を言われてしまいました。
 
 わたしは椅子の上に乗って外側の蛍光管に接続しているコンセントを抜きました。そして、蛍光管を支えている金具から外そうとしましたが、これが簡単ではありませんでした。中々外れないのです。無理に外そうとすると内側の蛍光管が破裂しそうで怖くなりました。
 すると、椅子を支えてくれているご主人が見かねたのか、「内側から外さないとだめですよ。ツメを下げるようにすれば外れますから」と言うのでそうしたら、なんとか外れました。
 ホッとしました。2本とも外し終えると、新しい蛍光管を渡してくれました。外す時と逆の順番に取り付けると、スムーズに接続することができました。
 
 紐を引っ張ると、すぐに点きました。部屋の中が一気に明るくなりました。下を見ると、ご主人がニコニコしていました。わたしが笑みを返すと、彼が両手を出したので、それを握って椅子から降りました。
 
 その途端、抱き締められました。
 そして、首筋にキスをされました。
 唇の端に触れてきました。
 とっさに顔を背けると、彼の左手がわたしの右尻に、右手がわたしの左胸を掴みました。
 何度か揉まれました。
 反射的に彼を突き飛ばしました。
 彼はバランスを崩して尻もちをつきました。
 わたしは台所へ行って包丁を取り出し、彼の鼻先に突き付けました。
 彼は両目を全開にして、あわあわと口を震わせていました。

 そのあとのことはよく覚えていません。
 気づいたら、アヒル座りをしていました。
 包丁は畳の上にありました。
 血は付いていませんでした。
 人殺しはしなかったようです。
 
 立ち上がって玄関へ行くと、スニーカーが片方踏み付けられたようにひしゃげていて、ドアが開きっぱなしになっていました。逃げるようにして出て行ったのだろうと思いました。すぐにドアを閉めて、鍵をかけました。
 
 感じが良くて親切そうで友達になれそうな気がしていたのに、結局は電器店のスケベ爺と一緒でした。男なんてみんな一緒だと思いました。エッチなことしか考えていないんだと思いました。女をセックスの対象としてしか見ていないんだと思いました。電車の中で痴漢をするように、何をしてもいいと考えているんだと思いました。結局みんな一緒なんです、男なんて。

< 34 / 269 >

この作品をシェア

pagetop