旦那様、お約束通り半年が経ちましたのでお別れさせていただきます!〜呪われた辺境伯に嫁ぎましたが、初恋の騎士様が迎えにきました〜

1 最後の学園生活

「アンディ、ここを見て! ほら、ここ、この辺り。ちょっと芽が出ているでしょ? ね? ね? ふふ、よかったわ。これで欠点は免れそうね。」

「あぁ、ほんとだ。一時はどうなるかと思ったよ。このまま順調に育つといいな。エリーの気持ちが、花にも伝わったのかもな」

「ふふ、ありがとう、アンディは優しいのね。きっと私達の気持ちが届いたのだわ。何色の花が咲くのか楽しみね。」


伯爵令嬢エリーと、子爵令息アンドリュー(アンディ)は、学園の課題で二人でペアとなり “コダ”というこの国特有の花を育てている。

コダは、芽が出るまでの手入れが難しい。毎日同じ時間に、決められた分量で水やりをする。時間と分量をきちんと守れば、必ず芽が出る。逆に、ちょっとサボったりすれば全く芽が出ない。

だからこそ、ペアとなった者との協力が不可欠となる。一人で育てるには日々の負担が大きいからだ。
協調性を育む目的も、この課題の一環だ。

芽が出た後は、余程のことがない限り、順調に育ち花を咲かせる。赤、ピンク、青など実に様々な色の花を咲かせる。

何色が咲くかは分からない。
育て方によって、色が変化する。

そのため、色によっても評価が左右される。何色が高得点なのかは、生徒達には知らされていない。

この課題が、学園での最後の授業となる。

このコダが満開になるのは、ちょうど卒業式の頃だろう。

アンディとエリーは、腐れ縁とでもいうのか、学園でほとんど同じクラスだった。

アンディは学園卒業後、騎士として入団が決まっている。
彼は子爵家の長男なので、何年か勤めたのちに爵位を継ぐ。

この国では兵役が課せられており、伯爵家以上の家柄でない限り、例え貴族でも騎士として兵役を務めなければならない。

平民は騎士見習いから務めることになるので、貴族よりも兵役期間が長い。
功績を上げたものは本人の希望も考慮して、期間を繰り上げたり、そのまま騎士として勤めたりすることも可能だ。

一方女性は、20歳までの結婚が義務付けられている。結婚することによって魔力が安定すると言われているからだ。
女性は20歳を過ぎると、魔力の暴走を起こすことがある。魔力の暴走が起きると、自身も含め周囲にも大きな被害をもたらす。

未然に防ぐ為に、遅くとも20歳までには必ず結婚しなければならない。

男性の兵役を終えてから結婚するもの、兵役の前に結婚するもの、その割合は半々だった。

必然的に学園の卒業する頃までには、婚約者がいるものが大半を占める。

エリーも、アンディも、明確な婚約者は、まだ決まっていない。

恐らく、私は政略結婚の道具としてどこかに嫁がされる。

もしくは、既に決まっているのかもしれない。

私が知らないだけで。


そういう家だから……。貴族としての務めは、果たさなければならないもの。

せめてお相手は、気軽に話せるアンディみたいな人だといいのだけれど。


そう、私はアンディに好意を寄せている。

昔から、ずっと……。

最初は、緊張して他に話せる男性がいなかったからというのもある。
けれど、いつしか気づいたの。
彼が傍にいてくれるだけで、胸がいっぱいになることを。

こんな気持ちを抱いてはいけないのに。


家柄を何よりも重んじる父は、アンディの存在なんて認めてくれない。
以前我が家にアンディを招待した時、父からは深く関わるな、と釘をさされたもの。


子爵家のアンディとわが伯爵家では、住む世界が違うと。
慇懃無礼な態度だった。


あの時のなんとも言えないアンディの表情が、頭から離れない。


それ以来、アンディを家に招くことはできなかった。


父からは、「自分の品位を落とすような相手とは付き合うな!
ラングトン家の名を穢すことがないように」

と、ことあるごとに、厳しい言葉を降り注がれる。


一体、父の言う品位って何なのだろう。

アンディと親しくするのが、どうしていけないの?


◇ ◆ ◇

「皆さん、お疲れ様でした。
先程、全てのコダの開花が確認とれました。」

先生が課題の終了を告げた途端、教室では生徒達が一斉に騒めき出した。


煩わしい学園生活から解放されて喜ぶ者、

仲の良い学友達と過ごす日々の終わりを嘆く者、

想いを寄せる相手に、告白できずに悲しむ者。

皆それぞれが、卒業後の進路への不安と期待を胸に抱いていた。
そうした心の声をさらけ出すように、騒ぎだす。

もう、子供ではいられなくなる。


否が応でも、大人として扱われる。


自分の心が、身体の成長に伴っていなくても……。


「静粛に! 皆さん、席に戻ってください! まだ何も発表していませんよ! さぁ、落ち着いて。
それでは、皆さんにコダの花の色についての説明を致します。 一度しかいいませんよ、いいですね?

咲いた花の色によって、加点の有無をお伝えしていたと思います。
それでは……。
赤色のコダの花を咲かせた方達が、何組がいましたね?
赤色は、最も加点点数が高いです。その理由は一一一」



先生の言葉を受けて、赤色を咲かせた生徒達は、「きゃぁ~!」と、歓声と共に一斉に注目を集める。

皆の視線を受けて、頬を紅らめる生徒達。


「皆さん、静粛に! 
赤色の花を咲かせたペアは、相性がとてもいいです。

恋人同士、相思相愛、恋愛感情以外でも親友同士の意味も含まれます。

皆さんご存知のように、コダの花には魔力が宿っています。そのため、育てる人達の心や、未来を見抜く力があります。
占いにも用いられていますよね?」



赤色を咲かせたのは、恋人同士のペアと、最近婚約した生徒達だった。

得点よりも、コダの色の意味に興味津々の生徒達。
占いの結果を聞くように、生徒たちの盛り上がりも凄かった。

私達も、赤色が咲いたら良かったのに。
羨ましいわ。

「つづいて、黄色の花についてです。黄色の花を咲かせたペアは、あっさりとした関係の意味合いをもちます。
協調性はあるので、ビジネスパートナーや友人といった意味合いでしょう。

次は、ピンクの花が咲いた場合です。ピンクは、女性が男性に好意を抱いている表れですね。

青色の花が咲いた場合は、男性が女性に好意を抱いているようですね。

思い当たるようですね? 騒がないでくださいね、皆さん。」

自分達の咲かせた花の色について、おおいに盛り上がり、学園の最後の授業は終了した。

浮足立つ皆と対照的に、エリーとアンディは首をかしげていた。


「ねぇ、アンディ? 私、聞き逃したみたいだわ。白色の説明は、何だったのか教えてもらえる?」

「エリー、いや、僕も、聞いてないな……」

私達の咲かせたコダの花の色は、白色だったわ。

アンディと顔を見合わせて戸惑っていると、先生から手招きをされた。

嬉々として帰路に着く生徒達の合間を通り抜けて、エリーとアンディは別室へと案内された。

先生と向き合う形で椅子に腰掛ける。


色の意味を尋ねようと、気軽な気持ちでいたのに、先生が神妙な表情を浮かべていたので、急に不安になった。


「アンドリューさん、エリーさん、お二人のコダの色は、白でしたね……」

言い淀む先生の様子から、悪い予感がする。心構えするように、膝の上に乗せた両手をぎゅうっと握りしめる。

大丈夫、心配いらないというように、私の手の上にアンディがそっと手を乗せる。

ビックリしてアンディを見るも、先生の方を向いたまま平然としている。

あたふたしているエリーの様子を、微笑ましく眺めた後、先生は言葉を続けた。


「大変お伝えしにくいのですが……。コダは魔力の宿った花ということはお伝えしましたよね? それで……単なる占いだと一笑できないのです。的中率は高いのです。
アンドリューさん、エリーさん、お二人のコダは白で間違いないですね?

白は……不吉な表れです。 警告です。

つまり、お二人に、この先、何か良くないことが起こるという予兆です。

どうか、お二人とも、細心の注意を払ってください。どんなことにでもです!」


「「──警告?」」

真剣な表情で先生に告げられた内容に驚き、戸惑いエリーとアンディは言葉が被る。

顔を見合わせ、先に口火を切ったのはアンディだった。

「先生。確かに、白いコダでしたけど、中央のあたりは色が違いました。」

アンディの言う通り、確かに中央はうっすらとだけど、赤い部分があったことをエリーは思いだす。

アンディの言葉に頷き同意するエリー。


「そうですね……。断定はできませんが、ただ、今までにも白い花を咲かせた方達は、別離されているのです。記録上は……。
 どんなに想い合っていたとしても、良からぬことが起こり別れています。どうか、そのことを心に留めておいてくださいね。  何かあれば、相談してください。いいですね? 教師として、二人の幸せを願っています。卒業しても、あなた達は私の大切な教え子なのですから。力になれることがあるかもしれません。一人で抱え込まずに、頼ってください。引き留めてごめんなさい。 それでは、卒業式に。さようなら。」


先生は要件を告げ終わると、次の予定があるからとそそくさと退室して行った。


「エリー、もう一度コダの花を見に行こう!」

「ええ、そうね。確かめましょう」

アンディの手が離れて、緊張から解放されたものの、寂しくも感じていたエリーは、混乱していた。

警告の意味はどういうことなのかしら?
それよりも、アンディはどうして手を乗せてきたのかしら……。
落ち着かせるためだとしても、そんなことされたら勘違いしてしまうじゃない。

考えながら歩いているとすぐに花壇へとたどり着く。

「先程の話の後だと堪えるな。こうして見ると、白い花はとても目立つ。警告か…」

アンディは花の傍に屈んで、花びらを確認する。隣に屈んで一緒に覗き込むエリー。

「綺麗なのに……」

「あぁ、綺麗だ。エリー、この辺り、ここ、やはり赤く見えないか?」


「えぇ、少しだけれど赤いわ。でも、
白い花にはかわりないわね……。」

手を伸ばして、花びらを無意識に触るエリー。その瞬間、アンディの手と触れ合う。

「っ!」


咄嗟に手を引き戻すと、アンディがエリーの手をそっと引き寄せた。


「えっ? アンディ?」

突然のことに驚いて戸惑っていると、アンディは手の甲にそっと口付ける。

「エリー、僕は騎士としてきっと手柄を立てる。兵役を早く終わらせて戻ってくる。だから、その時は、君の伴侶として傍にいる権利を僕にあたえてくれないだろうか?」


手を取るアンディの空色の瞳は揺れていた。漆黒の長い前髪の間から視える瞳は、夜空に輝く星のよう。
あどけない表情を浮かべている頃から知っているのに、いつの間に大人の紳士のような振る舞いをするようになっていたのだろう。
思わず見惚れてしまう。

「ア、アンディ、急にどうしたの?
とても嬉しい。私だって、ずっとアンディのこと……。
あなたも、私を想ってくれていたなんて、夢を見ているようだわ。

でもね、アンディ。白いコダのことを聞いた後では喜べないわ。
不吉な予感しかしないわ。何より白いコダの前で言うなんて……。」

「エリー、必ず迎えに来るから。例え君が忘れていたとしても、20歳までには必ず」

「アンディ、でも……お父様が……」

真っ直ぐにみつめてくる彼の瞳には一点の曇りもない。決意を固めた迷いのない意志を感じ取れる。
 
ただの気休めになるのかもしれない。

父が反対していることはアンディは知っている。それなのに、想いを伝えてくれるなんて……。
 

淡い期待に胸が膨らむ。

もしかしたら……という願望が欲を出す。

彼の言葉を信じて待つことが許されるなら

、私は、いつまでだってアンディを待っているわ。


エリーがコクンと黙って頷くと、緊張が解け一気に相好を崩すアンディ。

アンディの瞳の中にはエリーがいる。
エリーもアンディに応えるように、心から溢れる想いを込めて見つめ返す。

お互いの瞳の中に同じ想いが宿っているのを確認するように、ずっと見つめあっていた。



幸せな気持ちでいられたのは、束の間のことだった。

その日帰宅してすぐに、エリーは、父から嫁ぎ先を告げられることになる。


卒業式の後、その足で先方に向かうようにと、荷物などは既に送ってあるとのことだった。

お相手は、クリフォード・キャンベル辺境伯様。


あまり良い噂はきかない人物だ。

女性関係が激しいという噂がある。


何人もの女性を泣かせているらしく、

結婚も今回がはじめてではない。


辺境の地を守護する重要な存在であり、領地を守る職務を果たしている。

そのため、プライベートなことは些細なことだと、随分と多目に見られているらしい。

あんまりだわ……。
父からは疎まれているとは思っていたけれど、まさか娘をそんな方に嫁がせるなんて……。


望んで娘を嫁がせる者がいないので、かなりの支度金を受け取った父は上機嫌だった。国からも礼状が届いたとか。


所詮、父にとって、娘もただの道具にすぎないのね……。



「断ることは死を意味すると思え!
泣こうが喚こうが覆らない!
貴族の責務を全うすることが、お前の役目だ、いいな?」

有無を言わせぬ物言いで、恐怖から何も言うことができなかった。


アンディ……。会いたい……。


「……アンディ……うっ……」


堪えようと思うのに、滝のように涙が目から溢れてくる。必死に声を押し殺すように、口元に手を当てていた。

アンディ……。

そうだわ、せめて手紙だけでも渡せないかしら。


部屋でひとしきり泣いた後、アンディへ別れの手紙をしたためた。

明日の卒業式後に出してほしい、と侍女に託しているところを運悪く父に目撃される。


「誰宛の手紙だ?」

「お父様! だめ!返して!見ないで!やめて!」


「アンディだと? お前、まだあいつと交流しているのか!手紙を出すことは許さん!」

父はエリーの手紙の中を改めると、ビリビリと破り捨てる。侍女に片付けるようにと指示を出すのと同時に、エリーも部屋へ軟禁するようにと命令する。

「お父様!あんまりです!放してっ!」


エリーの悲痛な叫びも虚しく、「お嬢様…申し訳ありません」と言いながらも、護衛の騎士により部屋へとあっさりと軟禁された。


部屋から出ることは許されなかった。エリーの逃亡を危惧した父は、卒業式への参加も認めなかった。

明朝、エリーは、すぐに馬車へと身一つで押し込められて、辺境の地へと向かわされることになった。

「アンディ……」


卒業おめでとうアンディ

卒業おめでとう……私

揺られる馬車の窓へ、子供のいたずらのように指で文字を書く。


もっと、自由に生きられたなら、

この家に生まれていなければ……。


たらればばかり考えてもどうしようもないのに、エリーの気持ちは暗くなる一方だった。

卒業式に出席できなくて、良かったのかもしれない。

だって、アンディに会ったらきっと、決心が揺らぐわ。泣き出してしまうわ……。

笑顔でさよならを言う自信がないもの……。

アンディ……。

いい加減、大人にならなければ。


永遠に、このまま辿りつかなければいいのに……。

エリーの願いも虚しく、馬車は順調に進んでいた。









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