旦那様、お約束通り半年が経ちましたのでお別れさせていただきます!〜呪われた辺境伯に嫁ぎましたが、初恋の騎士様が迎えにきました〜

3 呪われた辺境伯

「うぅ…」


エリーは、下腹部の痛みと共に目が覚めた。

見慣れない天井、馴染みのないベッド、それと、匂い……。
 

ゆっくりと上体を起こしたエリーは、夜着を着ていることにほっとする。
寝ている間に、侍女が着替えさせてくれていたようだ。


布団を捲り、ベッドの縁へと足を下ろすと、シーツにある赤い滲が視界に入った。
 
意識を失う前の記憶が蘇る。

怖かったわ……。
早くその時が終わるように、祈るしかできなかった。

また、あんなことをされてしまうの?



想像しただけでも身の毛のよだつ思いだった。

エリーは、自分自身を慰めるように、両腕で自分を抱きしめる。小刻みに震える身体を、落ち着かせるように。

エリーは、自分自身の身体にある変化を感じていた。


魔力が、安定しているわ。

あんなに不安定だった魔力が、すとんと定着したのを感じることができる。

何かのはずみで暴走するのではにかという危うさがあったのに、今は、全くそんなことはない。


やはり予想していた通り、そういう経験をすることで安定するようだった。


残念ながら、何かの属性に秀でている感覚はない。

魔力が安定するのと同時に、覚醒することもある。

治癒の力でも目覚めたらよかったのに。


光属性持ちは、希少のため尊重される。
有事の際には召集されることも
あるけれど、治癒魔法が使えるので、女性でもわりと自由に生きることができる。



エリーは、平均的な一般魔法しか扱えない。

学園時代の成績も中間あたりだった。


もっと、何か自分にしかできないことをみつけたかった。
何か楽しめることをしたかった

特別でなくてもいい、誰かと一緒に、穏やかな日常が過ごせたらどんなに幸せだろう。

アンディは……今頃、どうしているかしら。私がいないことに気がついているかしら。心配しているかもしれないわね……。

ダメね…もう、私はエリー・キャンベルなのだから。


それにしても、誰も来ないわね……。
遠慮しているのかしら

エリーは誰かを呼ぼうと、部屋を見回してたが呼び鈴は見当たらなかった。

勝手に出歩くのは気が咎めるけれど、自身の荷物もない。着替えの服もないので、ベッドから立ちあがる。


その時、ノックの音と共に先ほどの家令が入室してきた。

無気力に目を動かすと、家令とぱっちりと視線が合う。

驚愕の表情を浮かべ、エリーの全身を観察する。

首の辺りを凝視し、続いてベッドへと視線を移し、部屋の惨状(抵抗した時に争って荒れた形跡がある)を確認すると、目を大きく見開き、呼吸が乱れていく。

過呼吸かしら。大丈夫かしら。

「も、も、申し訳ございません。まさか、こんな……早くに、まさか……到着早々こんな、なんということを……。
主に変わってお詫び申し上げます。

大変、大変申し訳ございません!

これくらいの時間だと予想しておりましたので、旦那様を縛り上げ、拘束してお止めしようと思っておりましたのに……。」


家令は土下座でもせんばかりの勢いで、エリーに対して深く頭を垂れていた。

所々白髪があり、老年にさしかかろうとしている家令は、その容姿とは裏腹に、話し方も動作も機敏だった。

エリーが家令の手元に目を向けると、確かにロープが握られている。


「あ、あの……一体どういうことでしょうか?」


エリーは、混乱して、自身が夜着姿であることも忘れていた。

「と、突然のことで、私も抵抗をしてしまいましたが、

妻としての務めは……その……当然のことだと思っています。
ですので、どうか謝らないでくださいませ」

家令は、頭を上げると、「少々お待ちを」とクローゼットからガウンを取り出して、エリーへと手渡し、後ろを向く。

エリーは、自身の姿に赤面し、急いでガウンを羽織った。
家令はエリーが羽織り終えたのを見計らい、振り向くと、言葉を続けた。

「そ、その事なのですが……。

あれは、旦那様であって本来の旦那様ではないのです。

旦那様は……

いえ…

エリー様、妻の務めとおっしゃって下さいますが、実は、その、

旦那様よりこちらの書類をお預かりしております」

言葉を濁しながら家令は、エリーに書類を手渡した。エリーは受け取ると中身をざっと確認する。そして、目に飛び込んできた文字に驚愕する。

「これは離縁届?

ど、どういうことでしょう?

私に至らないことがあったのでしょうか?

キャンベル辺境伯様を不快にするようなことを……。

で、ですが、離縁は、確か結婚してから1年は経たないと出来ないのではありませんか?」


「エリー様に落ち度は全くございません。

旦那様は、ずっと、このようなことを繰り返しているのです。

確かにエリー様のおっしゃるように離縁は、例外を除き1年経たないと認められません。

貴族院に伝がありまして、膨大な金額を積めば、半年で認められることもあるのです。

申し訳ございません!

どうか、エリー様、この私にエリー様の今後のことについて、お力にならせてください!」

家令はひたすら謝罪の言葉を述べていた。

エリーは、怒っているのか、悲しんでいるのか、わからなかった。それくらい大きなショックを受けていた。


「──どういうことなのか、説明してください」

エリーは、自身が納得できる説明が聞きたかった。

「そ、それは……。確かに、エリー様も、真実を知る権利がございます。
ですが、まずは、エリー様のお部屋にご案内させてくださいますでしょうか。

お話は、それからにいたしましょう」

エリーは頷くと、家令の後に続いた。

てっきり隣の部屋へと向かうと思っていたエリーの予想を裏切り、家令はぐんぐんと進んでいく。



「申し遅れました。私のことはマクスとお呼びください」



「マクス…さん」

妻となったと思っていけれど、離縁と言われているので、自分の立場が分からない。エリーは、家令を呼び捨てにしてよいものか悩んでいた。



「どうぞ、呼び捨てでマクスと。」

マクスの後につづいて、階段を降りて歩いている時だった。ふっと何かが横切ったように感じた。

何かしら?

エリーは立ち止まり、振り返る。

女性の後ろ姿が見えた。

いつの間にすれ違ったのかしら?

その女性は、ゆっくりと階段を登って行った。

誰かしら?

メイド服には見えなかったけれど。


「エリー様、どうかされましたか?もうすぐ到着致しますこちらです」


「えぇ……」

マクスが何も言わないので、紹介したくない人物なのかもしれない。

エリーは、詮索をやめマクスの後を追いかけた。

「こちらのお部屋をお使いください」

案内された部屋へ入室すると、トランクが置かれていた。

父が送ったと言っていた荷物だわ。

「お荷物は、こちらへお運びしたのですが、さすがに女性のお荷物を開けることが出来ず……。このままで申しわけありません」

女性のメイドがいないのかしら。
もしくは、私の許可なく私物に決して触れないように、と教育が徹底されているのかもしれない。


「大丈夫よ。自分で整理できるから。それよりも、離縁とはどういうことなのでしょう?」

エリーは流行る気持ちをおさえることがでなかった。

「少々お待ちください」

マクスは一旦退出すると、紅茶の乗ったワゴンを押して戻ってきた。

「体が温まります。こちらをひとまずどうぞ」

「ありがとう」
 
ソファーへと座り、用意された紅茶を一口飲む。じんわりと冷えていた身体が温まる。マクスの心遣いにほっとするエリー。

ひと息つくと、マクスは先程の話の続きを始めた。

「いきなり、こういったお話をお聞かせするのは躊躇われますが、

状況をご説明する為には必要なことですので、ご理解ください。
実は…旦那様は……呪われているのです」


「呪い?」

相手を苦しめる呪術は禁忌とされている。
だが消えた訳ではない。
そういった闇の魔法を扱える者、隠れて研究するものなどいる。

いったい、誰がそんなことを?

「もしかして、旦那様は、そのせいであぁいう風に?」



「いぇ、旦那様は、元々、女性関係が派手な方でして……」


「そ、そうでしたか…」

クリフォードから襲われたことは、てっきり呪いのせいだと思ったエリーは拍子抜けする。

ん?では、いったい呪われてどういう症状が出ているのかしら。

マクスは、深呼吸をすると、語り始めた。
まるで、昔話を話すように。


あれは、旦那様が18歳を迎えた時でした。

旦那様のご両親が、不慮の事故でお亡くなりになられました。そして、旦那様が後を継ぐことになりました。

その際、国から結婚するよう通達されました。
辺境は要であり、次の後継者を育てる必要もあると。

旦那様は、見目麗しい容姿ですので、惚れ込まれる方も多く……、この国の王女様も、例外ではありませんでした。

 第4王女のメリッサ王女様が旦那様にご執心でした。

陛下が許可を出し、メリッサ様がキャンベル家に降嫁されたのです。

しかし、旦那様は、メリッサ様のことが苦手なようでした。王命には逆らえません。


ご夫婦の触れ合いもなく、拒絶しておられました。

そんなある日、メリッサ様が……

自害なさったのです」


「そんな‼︎ 」

「王族は、特別な魔法をご存知のようです。呪術の類いを……。

旦那様は、メリッサ様に呪いをかけられたとおっしゃっていました。

メリッサ様がいなくなる時に、何か言われたと。

それ以来、旦那様は眠れなくなりました

それだけではなく、止まったままなのです。」


「全く眠れないのですか?」

「はい。もうずっとです。」


お会いした時は、やつれた風には見えなかった。むしろ獰猛な獣のようで、ギラギラとしていた。

それ以上思い出すのが怖くなり、エリーはぶんぶんと首をふる。

「不眠なのに、隈などないと思われたのでしょう?」

エリーが不思議に思ったことを言い当てるように、マクスは察して答える。

「あらゆるものが、止まったままということです。
メリッサ様は、旦那さまの容姿を大層お気に召されていました。

それで、決して美貌が損なわれることがないように、止まっているのです。」

「止まっている……?」

「はい。18歳のまま。」

「え……それって、もしかして、不老不死…なのですか?」


不老不死なの?
エリーは驚愕の事実を知らされて困惑する。


「不死…かどうかは分かりませんが、不老ではあります。
エリー様、旦那様は、陛下とはご学友でして同じ年なのです」

「え?陛下と…?」

正確な年齢は存じ上げないけれど、確か50代くらいではなかったかしら。

「旦那様は、52歳なのです。」

「えーーーーーーーーーーーー!」

いけない。魔力が安定してから、性格も変化しつつあるような気がするわ。
 
 お淑やかな口調を気をつけなければ…

「驚かれるのも、当然でしょう。
旦那様は最初こそ損なわない若さを良いことに派手に遊んでおられました。

けれども、眠れないことは確実に身体に負荷を与え、多大なストレスとなり、発作のような苦痛が襲いかかるようになりました。
それからです。
呪いを解く方法は、コレしかないと。
純潔を奪うことだと……。

しかし、一向に呪いが解ける兆しがないもので、その…ついには…」


マクスは歯切れが悪くなり、口を噤む。
少しの間の後に「オホン」と咳払いをし、意を決して話し出す


「古い人間でして、そういった方面の事に疎いので何と申したらよいのか…

旦那様は、男性使用人を襲うようにもなりました。」


エリーは、あまりのことに絶句していた。

「呪いを解くためには、仕方ないことだと開きなおっておりまして。


キャンベル家は魔石の鉱山も所有しておりまして、財源は潤沢です。なので、後腐れないようにお金を積み、社交の場でも奔放に……。


しかし、使用人たちは、いつ自分が襲われるのか気が気じゃありません。


いくら慰謝料と称してお金をもらったとしても、決して傷は癒えないでしょう


一人二人と、仕事を放棄して逃げ出して行くものが後をたちません。

ですので、ここには、今現在残っているのは、私と、厨房の料理人くらいです。



「料理人の方は襲われる心配はないのですか?」



「あぁ、彼は、鍛えておりますので、返り討ちにあうでしょう。
旦那様が子供の頃につまみ食いやいたずらをした時にも叱っておりましたし。

フォフォ、


さすがに、そういう気にはならないようでして。」



「子供の頃から、ということは、料理人の方もかなりの高齢になっているのでしょうね」

「実は……、

使用人がいなくなり、私共が旦那様のお部屋に向かった時でした。

旦那様のお隣の部屋、メリッサ様がお使いになられていたお部屋です。

その部屋の扉から、光が漏れていました。私共は、旦那様がいらっしゃると思い、とびらを開けたのです。

その時です。
物凄い閃光に瞼を閉じたことまでは覚えています。

気がついたら、私達は倒れておりました。


その日以来、かれこれ34年経ちます。」

34年?

もしかして、マクスも不老なのかしら。


「私共も、その日以来時が止まったままなのです。
私達は、眠れますし、むしろ元気になった気がします。

 旦那様は、恐らく思考もあの時に停止したままなのか……

残念な方向性に考えていきまして。

きっと、100番目で呪いが解けると…」

「な、何故100番目だと?」

「それは…女性に対して、このようなことを申すのは心苦しいですが、
 ただ、キリがよいからと…自慢ネタになると…

本当に申し訳ございません!!」


18歳から?

私が100番目だと言っていたわ。

半年ごとに花嫁を迎えたとして、単純に計算して私は68人目。

ということは、残りの人数は見境なくメイド達を襲っていたのね!


なんて非道な行いをしているの!

いったい、どれだけの人を傷つけてきたのか……。

エリーは憤りを隠せなかった。

「マクス、旦那様と話たいわ!」











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