旦那様、お約束通り半年が経ちましたのでお別れさせていただきます!〜呪われた辺境伯に嫁ぎましたが、初恋の騎士様が迎えにきました〜
6
メリッサとの話しを終えて、エリーが退室すると、クリフォードが引きずられるように部屋へと引き込まれていた。
マクスには何も視えておらず、
状況が分からないようだった。
エリーは、意図せずメリッサがどれだけクリフォードにの事を想っているのかを知ることになった。
単純に容姿に惹かれただけではない。子供の頃にメリッサが困っているところを、クリフォードが助けたことがある。それ以来ずっと好きだったと。
何度もアプローチするも相手にされなかった。
王命により結婚したけれど、結局閨を共にすることはなく、寂しかったと。
それで、失踪時に呪いをかけた。
もしも呪いが解けるまで、長い時間がかかった場合のときのことも考慮した。
クリフォードが1人になってしまったら、かわいそうだから、この部屋にとある魔法をかけた。
それが、この部屋に入ったマクス達の老化が止まった原因のようだ。
エリーはそこでふと思った。
これは、痴話喧嘩がこじれて、
周囲が巻き込まれて、とんでもなく被害がでたのでは? と。
だめだわ、きっと、深く考えてはいけないわ。
「メリッサ!おいまだ話しが」
エリーが心の中で状況を整理していると、
ドサリとクリフォードが部屋から投げ出されてくる。
クリフォードは、慌てて立ち上がり、自室へ駆け込んでいく。
戻って来た時には、オルゴールが握られていた。そのオルゴールを、エリーへと渡す。
クリフォードの顔は引き攣っていた。
メリッサ様に、脅されたのかしら?
それからの日々は、
本当に、言葉通りに、ただ、一緒に過ごしていた。
◇ ◆ ◇
最初は別々であった食事も一緒にとるよう
になった。
ギクシャクとしながらも、会話ができるようになった。
そして、クリフォードは、自分の行いを反省して謝罪をしたのだ。
決して、許せることではないけれど、
エリーは、謝罪を受け入れた。
こんな僕を受けいれてくれる君は、天使だ。とか、女神だとか、よく分からないことをクリフォードは口にするようになる。
エリーは、意味不明のクリフォードの言葉は、生活音の一部として、聞き流す術を覚えた。
そんなエリーの塩対応にもめげずに、クリフォードは、エリーを散歩に誘う。
まるで改心したように、エリーに花束をプレゼントしたり、
食事の際はエスコートしたり、
不便なことはないか、などと何かと気にかけてくれるようになった。
クリフォードに笑顔を向けられる度に、エリーは複雑な気持ちだった。
変わらない日々の中で、月に1度だけ奇妙な出来事が起こる。
日にちはバラバラだった。
けれど、毎月、1輪の青いコダが玄関に無造作に置かれるようになったのだ。
邸の誰も知らないと言う。
だれが、なんのために置いているのか不思議だった。
害はないけれど、
特にすることもないというこもあり、エリーはクリフォードと一緒に調べることにした。
こっそりと張り込みを続けること数日後、
誰も訪れることのない邸に
男の子が門を潜って入ってきた。
様子を窺っていると、
その男の子は、玄関に花を置いた。
花を置くのを確認したので、一斉に、飛び出して、男の子の行く手を阻んだ。
「そんなに緊張せずともよい」
「旦那様、子供相手にそういう話し方は、威圧的だと思います。」
「そ、そうか、別に、普通に話しているだけだが、悪かった。」
「怖がらせてしまいます」
「この私が?私が怖いか?」
ずいっと子供を見下ろして話すクリフォード。
男の子は、被っていた帽子を脱いで胸の前で握ると、泣きそうになっていた。
「旦那様、質問させてくださいませ。」
ここは私の邸だから私の管轄だとか、
何か言っているクリフォードを押し退けて、エリーは、男の子の目線に合わせるように屈んでにっこりと笑顔を作る。
「こんにちは」
ニコッと微笑んでからゆっくりと尋ねる。
知らない人から、笑いかけられても、すぐには緊張が解けないわよね。
男の子がエリーの微笑みを見てビクッとしていた。
「このお花は、あなたがいつも持ってきてくれてるの?」
男の子は黙って頷く
「もしかして……私に?」
男の子は頷いた。
「え? 本当に私に?どうして?あなたとどこかで会ったことあるかしら?
あ、怒っている訳ではないのよ、とても嬉しいわ。ただ、気になって…」
エリーは、男の子を傷つけないように慎重に言葉を選んだ。
男の子は、怒られるわけではないと知ると、ほっとしたのか話し始めた。
「た、頼まれたの。このお屋敷の女性に…渡すようにって。お、お姉さん、エリーって名前で合ってる?エリーさんに渡してくれって」
「確かに私の名前は、エリーよ。」
「いいお小遣い稼ぎなんだ。お駄賃もくれるし、いつも花をお姉さんに渡すようにって。
でも、俺、ちょっとずるしちゃって、
玄関に置いて帰ってたんだ。えへへ。
だから、いつもきちんと渡さなかったから、てっきりそれがばれて怒られるかと…」
男の子はバツが悪そうにしていた
「誰に頼まれたんだ?」
クリフォードが、ドスのきいた声で横から口を挟む。
「んっと、俺が下働きしている宿屋の旦那さんからだよ。」
「宿屋の?ほぉーそうか。随分と命知らずの奴だな」
クリフォードの表情が険しくなっていく。
「ん?なんだよおっさん。うちの旦那さんはすげーんだ。俺みたいなもんでも働かせてくれるし、奥さんだってご飯いっぱいくれるし優しいんだ」
「奥方がいるのか?結婚しておきながら、人様の妻に花を…どこの宿屋だ?案内しろ」
「ただでは、やだよ!」
「図々しいガキだな」
文句を言いつつも、懐から取り出した金貨を男の子に渡す。
「わぁっこんなに!おじさん、神様なの! 太っ腹だね、着いてきて、こっち!」
「おじさんではない!」
「えへへ、早く、早く、」
最初とは打って変わって、男の子と砕けた言い合いをするクリフォード。
まるで同じ子供同士みたいだ。
それにしても先程、妻って言っていたけれど、私のことよね。
あんな言い方をされると、旦那様がまるで嫉妬をしているみたいに聞こえたわ。
ううん、まさかそんなはずはないわ。
男の子の名前はレオというそうだ。
レオの後ろを追いかけるように、エリーとクリフォードは歩き出す。
二人が気づいていないけれど、その後ろにこっそりともう一人後をつける人物がいた。
「ここだよ。」
宿屋に到着すると、男の子に案内されて中へと入っていった。
「ただいまー!お遣い行ってきたよ」
「おぉ、レオおかえり。おやそちらは?」
宿屋の主人は、レオの後ろにいるエリー達をみて声をかける。
「お客さんを連れてきたのかい?レオ」
「いや、客ではない。少し尋ねたいことがある」
「はて?私にですか」
「貴様!その態度は一一むぐっ」
宿屋の主人に突然掴みかかり殴ろうとしたクリフォードだったが、ある人物によって羽交い締めにされていた。
いつの間に来ていたのか、マクスがクリフォードを取り押さえ、口を塞いでいる。
「んぐッ、マクス、おみゃえいつのまに…」
「旦那様とエリー様を2人きりにする訳がないではないですか。いつも、控えておりましたよ。気づいていなかったのですね」
さすがマクス。
エリーは、職務に真面目なマクスに関心していた。
「旦那様、お静かに。
お騒がせしてすみません。あの、
私達だけで話せる場所とかありますか?」
エリーは、口を塞がれたクリフォードとマクスを隠すように前に出て、宿屋のご主人に話しかける。
突然現れた珍客に、宿屋の主人は戸惑いながらも応対する。
「はぁ、では奥にご案内します。
レオ、お茶をお出ししてから仕事に戻りなさい。ターシャの手伝いを」
「分かった。じゃあね。お姉さんたち」
レオは手を振ると元気よく去って行った。
「そちらにおかけください」
三人はソファーを勧められて、ご主人と向き合って腰掛けた。
マクスは、座らずに壁際に佇む。
まるでクリフォードを監視するように。
「尋ねたいこととはなんでしょう」
「レオが届けてくれているお花のことです」
「もしかして、あなたがエリーさん?」
宿屋の主人に尋ねられて、驚くエリー。
「はい、いつもお花を頂きありがとうございます。それで一一」
「エリーに惚れているのか?奥方がいながら…むぐっ」
またしてもマクスが無表情にクリフォードの口を塞いでいた。
その様子を主人は怪訝な顔で見ている。
慌てて注意を逸らそうと試みるエリー。
「だ、旦那様とマクスはとても仲が良くて…き、気にしないでください」
クリフォードは、マクスの手をふりはらうとご主人に向かって叫び出した。
「いいか!金輪際、エリーに近づくな。だいたいこんな1輪の花でエリーが靡くとでも思ったか」
「あはははっ」
突然笑い声がして、その声の方を振り向くと、朗らかに笑った女性がお茶を運んできていた
「ターシャ、笑うなよ」
「だって、あんたが…いや、失礼しました。私はここの女将のターシャと言います。うちの人が何やらご迷惑をかけたようで、代わってお詫びします。」
「俺は何も」
「あんたのそういう言葉の足りない所が問題なんだよ。さあさあ、まずはこちらでご一服を。」
ターシャさんは、笑いが収まらない様子で、お茶をそれぞれの前に置く。
「いえね、立ち聞きするつもりはなかったのだけれど、声がきこえてね、
では、あなたがエリーさん。
で、こちらは…旦那様なのでしょうね。そうですかぁ。エリーさんはご結婚されているのですかぁ。
それは…残念…
いえ、これは旦那様のことを否定している訳ではないのですよ、
ねぇ、あんた」
ターシャは主人と目線を交わすと戸惑っていた。
クリフォードが何か話そうとすると、マクスがズイズイっと近づく。クリフォードも観念して口を噤んでいた。
それでも言葉を挟もうとした時は、エリーがクリフォードの腕をつついて制止した。
エリーいつつかれると、クリフォードは嬉しそうだ。
「実は、あの花は、ある騎士様に頼まれたのです。
以前、主人が森へ薪やキノコの採取に入った際に魔物に襲われたそうで。
足を負傷して、もう助からないと思ったその時に、その騎士様が助けてくださったそうです。
遠征から帰る時だったようですが、親切にこの宿まで負傷した主人を連れて帰ってくれました。
私は、本当にその騎士様に感謝しております
命の恩人です。
何かお礼がしたくて何度も申し出たのですがすぐにお帰りになろうとして。
しつこく後を追いかけてしまって…
ちょうどお邸が見える辺りでしょうか、
騎士様がこうおっしゃたのです。
もし、
お言葉に甘えていいのなら、
花をある女性に届けてくれないかと。
二つ返事で私は引き受けました。
花は一輪でしたがその騎士様が毎回お持ちになりました。
世話をかけるから、といくらかのお金も一緒に。
お断りしたのですが、気が済まないからと。
わたしどもは、レオにお小遣い稼ぎをさせるつもりで、レオにお願いすることにしました。
ご自分で届けないのは、何か事情がおありなのかとは思っていましたが。
てっきり、片想いのお相手なのかと…
ご結婚されていた方とは…」
ターシャの話を聞き終えると、
エリーの胸がざわついた。
騎士様?
そんな……まさか、もしかしたら……
真っ先に思い浮かぶのは、彼の顔。
そんなはずない。
だって……だって……。何も言わずにいなくなった、私のことなんか………。
「では、次にその騎士が訪れるのはいつか分かるか?」
ターシャは主人と顔を合わせると、沈んだ表情で答える。
「もう、これで最後だとおっしゃっていました。詳しいことは分りません
わたしどもがお話しできるのは、これで全てです。」
「そうか、諦めたのだな。殊勝なこころがけだ。男は諦めが肝心。はは」
なぜか喜ぶクリフォードとは対照的に、エリーの心は暗く沈んでいった。
最後? どうして?
「そうですか……ありがとう…ございました」
エリーは動揺を隠せなかった。
もしかして、もう一度会えるのではないかと思ってしまった。
お茶をいただいた後に、お礼を伝えて、三人は宿屋を後にした。
帰り道、クリフォードは、もう邪魔者はいないから安心だ、とか終始ご機嫌だった。
エリーは、複雑な心境だった。
だって、今日置かれていた花は、白いコダだったから。最後だからなの?
本当に彼なのかしら。
アンディ……。
近くに来てくれていたの?
私がここにいると知っていたのね
結婚したことも。
それでも、花を贈ってくれたの?
どうして……。
青いコダを贈ってくれたの?
何も言わずにいなくなった私のことを、怒っていないの?
もう一度会いたいという気持ちが膨らんでいく。
例え一輪でも、あなたの想いが込められたもならば、わたしにとっては、どんな豪華な花束よりも嬉しいわ。
そして、白いコダ。
別れの挨拶。
どうか、彼の身に危険なことなどありませんように
エリーは、アンディの幸せを祈ることしかできなかった。
マクスには何も視えておらず、
状況が分からないようだった。
エリーは、意図せずメリッサがどれだけクリフォードにの事を想っているのかを知ることになった。
単純に容姿に惹かれただけではない。子供の頃にメリッサが困っているところを、クリフォードが助けたことがある。それ以来ずっと好きだったと。
何度もアプローチするも相手にされなかった。
王命により結婚したけれど、結局閨を共にすることはなく、寂しかったと。
それで、失踪時に呪いをかけた。
もしも呪いが解けるまで、長い時間がかかった場合のときのことも考慮した。
クリフォードが1人になってしまったら、かわいそうだから、この部屋にとある魔法をかけた。
それが、この部屋に入ったマクス達の老化が止まった原因のようだ。
エリーはそこでふと思った。
これは、痴話喧嘩がこじれて、
周囲が巻き込まれて、とんでもなく被害がでたのでは? と。
だめだわ、きっと、深く考えてはいけないわ。
「メリッサ!おいまだ話しが」
エリーが心の中で状況を整理していると、
ドサリとクリフォードが部屋から投げ出されてくる。
クリフォードは、慌てて立ち上がり、自室へ駆け込んでいく。
戻って来た時には、オルゴールが握られていた。そのオルゴールを、エリーへと渡す。
クリフォードの顔は引き攣っていた。
メリッサ様に、脅されたのかしら?
それからの日々は、
本当に、言葉通りに、ただ、一緒に過ごしていた。
◇ ◆ ◇
最初は別々であった食事も一緒にとるよう
になった。
ギクシャクとしながらも、会話ができるようになった。
そして、クリフォードは、自分の行いを反省して謝罪をしたのだ。
決して、許せることではないけれど、
エリーは、謝罪を受け入れた。
こんな僕を受けいれてくれる君は、天使だ。とか、女神だとか、よく分からないことをクリフォードは口にするようになる。
エリーは、意味不明のクリフォードの言葉は、生活音の一部として、聞き流す術を覚えた。
そんなエリーの塩対応にもめげずに、クリフォードは、エリーを散歩に誘う。
まるで改心したように、エリーに花束をプレゼントしたり、
食事の際はエスコートしたり、
不便なことはないか、などと何かと気にかけてくれるようになった。
クリフォードに笑顔を向けられる度に、エリーは複雑な気持ちだった。
変わらない日々の中で、月に1度だけ奇妙な出来事が起こる。
日にちはバラバラだった。
けれど、毎月、1輪の青いコダが玄関に無造作に置かれるようになったのだ。
邸の誰も知らないと言う。
だれが、なんのために置いているのか不思議だった。
害はないけれど、
特にすることもないというこもあり、エリーはクリフォードと一緒に調べることにした。
こっそりと張り込みを続けること数日後、
誰も訪れることのない邸に
男の子が門を潜って入ってきた。
様子を窺っていると、
その男の子は、玄関に花を置いた。
花を置くのを確認したので、一斉に、飛び出して、男の子の行く手を阻んだ。
「そんなに緊張せずともよい」
「旦那様、子供相手にそういう話し方は、威圧的だと思います。」
「そ、そうか、別に、普通に話しているだけだが、悪かった。」
「怖がらせてしまいます」
「この私が?私が怖いか?」
ずいっと子供を見下ろして話すクリフォード。
男の子は、被っていた帽子を脱いで胸の前で握ると、泣きそうになっていた。
「旦那様、質問させてくださいませ。」
ここは私の邸だから私の管轄だとか、
何か言っているクリフォードを押し退けて、エリーは、男の子の目線に合わせるように屈んでにっこりと笑顔を作る。
「こんにちは」
ニコッと微笑んでからゆっくりと尋ねる。
知らない人から、笑いかけられても、すぐには緊張が解けないわよね。
男の子がエリーの微笑みを見てビクッとしていた。
「このお花は、あなたがいつも持ってきてくれてるの?」
男の子は黙って頷く
「もしかして……私に?」
男の子は頷いた。
「え? 本当に私に?どうして?あなたとどこかで会ったことあるかしら?
あ、怒っている訳ではないのよ、とても嬉しいわ。ただ、気になって…」
エリーは、男の子を傷つけないように慎重に言葉を選んだ。
男の子は、怒られるわけではないと知ると、ほっとしたのか話し始めた。
「た、頼まれたの。このお屋敷の女性に…渡すようにって。お、お姉さん、エリーって名前で合ってる?エリーさんに渡してくれって」
「確かに私の名前は、エリーよ。」
「いいお小遣い稼ぎなんだ。お駄賃もくれるし、いつも花をお姉さんに渡すようにって。
でも、俺、ちょっとずるしちゃって、
玄関に置いて帰ってたんだ。えへへ。
だから、いつもきちんと渡さなかったから、てっきりそれがばれて怒られるかと…」
男の子はバツが悪そうにしていた
「誰に頼まれたんだ?」
クリフォードが、ドスのきいた声で横から口を挟む。
「んっと、俺が下働きしている宿屋の旦那さんからだよ。」
「宿屋の?ほぉーそうか。随分と命知らずの奴だな」
クリフォードの表情が険しくなっていく。
「ん?なんだよおっさん。うちの旦那さんはすげーんだ。俺みたいなもんでも働かせてくれるし、奥さんだってご飯いっぱいくれるし優しいんだ」
「奥方がいるのか?結婚しておきながら、人様の妻に花を…どこの宿屋だ?案内しろ」
「ただでは、やだよ!」
「図々しいガキだな」
文句を言いつつも、懐から取り出した金貨を男の子に渡す。
「わぁっこんなに!おじさん、神様なの! 太っ腹だね、着いてきて、こっち!」
「おじさんではない!」
「えへへ、早く、早く、」
最初とは打って変わって、男の子と砕けた言い合いをするクリフォード。
まるで同じ子供同士みたいだ。
それにしても先程、妻って言っていたけれど、私のことよね。
あんな言い方をされると、旦那様がまるで嫉妬をしているみたいに聞こえたわ。
ううん、まさかそんなはずはないわ。
男の子の名前はレオというそうだ。
レオの後ろを追いかけるように、エリーとクリフォードは歩き出す。
二人が気づいていないけれど、その後ろにこっそりともう一人後をつける人物がいた。
「ここだよ。」
宿屋に到着すると、男の子に案内されて中へと入っていった。
「ただいまー!お遣い行ってきたよ」
「おぉ、レオおかえり。おやそちらは?」
宿屋の主人は、レオの後ろにいるエリー達をみて声をかける。
「お客さんを連れてきたのかい?レオ」
「いや、客ではない。少し尋ねたいことがある」
「はて?私にですか」
「貴様!その態度は一一むぐっ」
宿屋の主人に突然掴みかかり殴ろうとしたクリフォードだったが、ある人物によって羽交い締めにされていた。
いつの間に来ていたのか、マクスがクリフォードを取り押さえ、口を塞いでいる。
「んぐッ、マクス、おみゃえいつのまに…」
「旦那様とエリー様を2人きりにする訳がないではないですか。いつも、控えておりましたよ。気づいていなかったのですね」
さすがマクス。
エリーは、職務に真面目なマクスに関心していた。
「旦那様、お静かに。
お騒がせしてすみません。あの、
私達だけで話せる場所とかありますか?」
エリーは、口を塞がれたクリフォードとマクスを隠すように前に出て、宿屋のご主人に話しかける。
突然現れた珍客に、宿屋の主人は戸惑いながらも応対する。
「はぁ、では奥にご案内します。
レオ、お茶をお出ししてから仕事に戻りなさい。ターシャの手伝いを」
「分かった。じゃあね。お姉さんたち」
レオは手を振ると元気よく去って行った。
「そちらにおかけください」
三人はソファーを勧められて、ご主人と向き合って腰掛けた。
マクスは、座らずに壁際に佇む。
まるでクリフォードを監視するように。
「尋ねたいこととはなんでしょう」
「レオが届けてくれているお花のことです」
「もしかして、あなたがエリーさん?」
宿屋の主人に尋ねられて、驚くエリー。
「はい、いつもお花を頂きありがとうございます。それで一一」
「エリーに惚れているのか?奥方がいながら…むぐっ」
またしてもマクスが無表情にクリフォードの口を塞いでいた。
その様子を主人は怪訝な顔で見ている。
慌てて注意を逸らそうと試みるエリー。
「だ、旦那様とマクスはとても仲が良くて…き、気にしないでください」
クリフォードは、マクスの手をふりはらうとご主人に向かって叫び出した。
「いいか!金輪際、エリーに近づくな。だいたいこんな1輪の花でエリーが靡くとでも思ったか」
「あはははっ」
突然笑い声がして、その声の方を振り向くと、朗らかに笑った女性がお茶を運んできていた
「ターシャ、笑うなよ」
「だって、あんたが…いや、失礼しました。私はここの女将のターシャと言います。うちの人が何やらご迷惑をかけたようで、代わってお詫びします。」
「俺は何も」
「あんたのそういう言葉の足りない所が問題なんだよ。さあさあ、まずはこちらでご一服を。」
ターシャさんは、笑いが収まらない様子で、お茶をそれぞれの前に置く。
「いえね、立ち聞きするつもりはなかったのだけれど、声がきこえてね、
では、あなたがエリーさん。
で、こちらは…旦那様なのでしょうね。そうですかぁ。エリーさんはご結婚されているのですかぁ。
それは…残念…
いえ、これは旦那様のことを否定している訳ではないのですよ、
ねぇ、あんた」
ターシャは主人と目線を交わすと戸惑っていた。
クリフォードが何か話そうとすると、マクスがズイズイっと近づく。クリフォードも観念して口を噤んでいた。
それでも言葉を挟もうとした時は、エリーがクリフォードの腕をつついて制止した。
エリーいつつかれると、クリフォードは嬉しそうだ。
「実は、あの花は、ある騎士様に頼まれたのです。
以前、主人が森へ薪やキノコの採取に入った際に魔物に襲われたそうで。
足を負傷して、もう助からないと思ったその時に、その騎士様が助けてくださったそうです。
遠征から帰る時だったようですが、親切にこの宿まで負傷した主人を連れて帰ってくれました。
私は、本当にその騎士様に感謝しております
命の恩人です。
何かお礼がしたくて何度も申し出たのですがすぐにお帰りになろうとして。
しつこく後を追いかけてしまって…
ちょうどお邸が見える辺りでしょうか、
騎士様がこうおっしゃたのです。
もし、
お言葉に甘えていいのなら、
花をある女性に届けてくれないかと。
二つ返事で私は引き受けました。
花は一輪でしたがその騎士様が毎回お持ちになりました。
世話をかけるから、といくらかのお金も一緒に。
お断りしたのですが、気が済まないからと。
わたしどもは、レオにお小遣い稼ぎをさせるつもりで、レオにお願いすることにしました。
ご自分で届けないのは、何か事情がおありなのかとは思っていましたが。
てっきり、片想いのお相手なのかと…
ご結婚されていた方とは…」
ターシャの話を聞き終えると、
エリーの胸がざわついた。
騎士様?
そんな……まさか、もしかしたら……
真っ先に思い浮かぶのは、彼の顔。
そんなはずない。
だって……だって……。何も言わずにいなくなった、私のことなんか………。
「では、次にその騎士が訪れるのはいつか分かるか?」
ターシャは主人と顔を合わせると、沈んだ表情で答える。
「もう、これで最後だとおっしゃっていました。詳しいことは分りません
わたしどもがお話しできるのは、これで全てです。」
「そうか、諦めたのだな。殊勝なこころがけだ。男は諦めが肝心。はは」
なぜか喜ぶクリフォードとは対照的に、エリーの心は暗く沈んでいった。
最後? どうして?
「そうですか……ありがとう…ございました」
エリーは動揺を隠せなかった。
もしかして、もう一度会えるのではないかと思ってしまった。
お茶をいただいた後に、お礼を伝えて、三人は宿屋を後にした。
帰り道、クリフォードは、もう邪魔者はいないから安心だ、とか終始ご機嫌だった。
エリーは、複雑な心境だった。
だって、今日置かれていた花は、白いコダだったから。最後だからなの?
本当に彼なのかしら。
アンディ……。
近くに来てくれていたの?
私がここにいると知っていたのね
結婚したことも。
それでも、花を贈ってくれたの?
どうして……。
青いコダを贈ってくれたの?
何も言わずにいなくなった私のことを、怒っていないの?
もう一度会いたいという気持ちが膨らんでいく。
例え一輪でも、あなたの想いが込められたもならば、わたしにとっては、どんな豪華な花束よりも嬉しいわ。
そして、白いコダ。
別れの挨拶。
どうか、彼の身に危険なことなどありませんように
エリーは、アンディの幸せを祈ることしかできなかった。